ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第七十七話「交渉」




「君は確か、フネを欲しがっていたと記憶しているが?」
 にやりとするウェールズに、リシャールはごくりと唾を飲み込んだ。
 確かにフネは欲しい。
 だが、大きな問題があった。
 今のリシャールには、その為の資金がないのだ。

 少し考えてみるが……いや、考えてみなくとも、年末に迫った四万エキューの返済でさえ、何とかしなくてはと頭を捻っている状態である。分割払いならば購入は可能かも知れないが、それでさえも相当に苦しい条件であった。
 ベルヴィール号の座礁事件の直後、セルフィーユを母港とする定期船があれば領地の発展には良いなと、小型の外洋船舶の中古価格を調べてみたことがあった。だが、船齢が三十年近い船でも二万エキューは下らない。全長二十メイル程度の最も小さい商船でさえそのような値が付くのだから、少なくとも、風石機関を備えたフネがそれ以上になることは容易に想像がついた。
 それこそ、リシャールをこのアルビオンへと連れてきた『クーローヌ』のような戦列艦であれば、艤装や砲まで含めるとセルフィーユ子爵領を買ってお釣りが来るのだ。先日見学したガリアの『サン・ルイ』のような最新鋭の一等戦列艦ならば、三つぐらい買えるかも知れない。
 ちなみに王政府と貴族院によるセルフィーユ領の地代の評価額は、ラマディエ、シュレベール、ドーピニエの旧三王領の合計で三十七万エキューである。

 リシャールは僅かに逡巡してから頭を切り換え、ウェールズに向き直った。諦めたくはないが、諦めざるを得ないだろう。
「殿下、大変に嬉しいお申し出かと存じます。
 しかしながら……」
「うむ。
 ……だが、この件は引き受けて貰わねばならないのだ」
 ウェールズはいつもの飄々とした態度を捨て、真剣な表情でリシャールを見据えた。
 だが、『引き受けて貰わねばならない』とは、おかしな表現であった。断る断らないという選択が、既に封じられている。
「少しばかり長話になるかも知れないが、聞いて貰いたい。
 他言無用に願いたいが、構わないかな?」
「はい。
 ……他言せぬことを始祖に誓います、殿下」
「すまないね」
 先ほどのリシャールの話しぶりを、見事逆手に取られた格好だ。だが話し手がウェールズでは、リシャールに選択権はない。様々な疑問を内奥にしまって、話の続きを聞くことにする。
「……君も知っているかもしれないが、今年に入って我が国では大きな叛乱が二つも続いた」
 ウェールズは腕を組んで、椅子に深々と座り直した。リシャールも合わせて居住まいを正す。
「鎮圧も後処理も粗方は済んでいるのだが、特に後に起きた方の叛乱で、軍が少しばかり酷いことになっていてね。
 陸軍も一個連隊が使い物にならなくなったが、空軍の艦隊はそれ以上に散々な有様で、稼働率は年初の半分程度にまでなってしまったよ」
 アルビオンの王立空軍と言えばハルケギニアを代表する空海軍で、練度も高く規模も大きいことで有名であった。それが稼働率半分とは尋常ではない。そもそも、他言無用と釘を刺したとて、他国の特使へと話して良い内容ではなかった。
 だが、これほど直截な内容では、知らない振りをするわけにもいかない。
「それほどまでに激しい叛乱であったとは、存じませんでした」
「ああ、本当に酷い戦いだったそうだ。
 後から聞いた話だが、焼き討ち船に便乗して乗り移り、火の手が回るのも構わず艦内で暴れ回っていたそうだ。
 ……死を恐れぬのか、死を覚悟したものか、いずれにせよ、それが組織的に行われたとなれば尋常ではないな」
 焼き討ち船から目標の敵艦に乗り移るなど、正気の沙汰ではないなとリシャールは思った。
 しかしながら、理解はし難くとも、そのような戦い方があることは知識として知っている。
 元の世界では、過去の戦争に於いて生還を考えない攻撃が組織的に行われた事実もあったし、現代……と言ってもハルケギニアで生を受ける前だが、洗脳に近い教育を受けた者たちによる自爆攻撃もニュースでよく耳にしていた。
 ただ、それがハルケギニアで行われているとなると、やはり色々と考えを巡らさざるを得ない。一般市民として暮らしていた元の世界の自分とは違い、望むと望まざるとに関わらず、領主として戦に出る可能性があるのだ。他人事ではなかった。
「話を戻そう。
 そのような事情で、今は軍の再編成を行っている最中なんだ。
 特に空軍は、早期に力を取り戻す必要がある。我が国の屋台骨だからね。
 その中で浮上したのが、建艦計画を前倒しすると同時に、新造艦の就役で余剰となった艦艇を売却する案だ」
 実際には艦艇の修理と、損傷艦からの乗員、装備の融通による早期の戦力回復が大半の案だったが、新造艦も全く含まれていないわけではない。無論ウェールズは、そのような内幕まで口にはしなかった。
「同時に、陸軍の方も増強が決定している。
 まだ少し先だが、先に打撃を受けた連隊の再建と同時に、新たにもう一つ連隊が新編されることになったんだ。
 そしてこの新しい連隊にはセルフィーユ製のマスケット銃を採用したいと、こちらは考えている」
 先ほどまでとは別の意味で、リシャールは口を挟めなくなった。
「ここまで言えば、もうわかるだろうか?」
「……はい、殿下」
 リシャールは表情を押し殺して、それだけを口にした。

 ここまで説明されると、先ほどの『引き受けて貰わねばならない』という言葉も含めて、リシャールにも漸く全体像が見えてきた。
 リシャールは、半ばアルビオンに絡め取られていたのである。嵌められたと言ってもいい。
 しかしそれ以上に、盲点を突かれたという点が痛かった。
 ジェームズ王による声掛かり、皇太子との密談、そして、銃の正式採用の提案。ここまでは、完全にアルビオン側の筋書きの通りに話が進んでいる。
 これはリシャールでは思いつかない、外交交渉の基本的手法でもあった。
 商取引に於ける交渉では基本的に互いの損得を天秤に乗せて、均衡したところで取引が成立する。乗せる錘は商品と代価を基本とするが、それ以外の付加価値や時間を乗せることも多い。相手の足下を見ることも必要だが、信用という重い枷まで外すことは難しかった。時折、相手を謀ろうとして偽物の商品や代価を乗せる者もいるが、大抵は発覚した時点で罪人として罰せられたり、爪弾きにされて駆逐されてしまう。
 ところが外交に於ける交渉では、天秤自体を使わないことも希ではなかった。様々な要素を極限して相手の選択肢を狭め、条件を呑むしかない状態に追い込んでしまえばいい。砲艦外交などは、その典型例だった。あまりに一方的な内容だと戦争にまで発展してしまうこともあったが、それさえも外交の一手段とされている。戦の引き金にしようと、意図的に酷い内容の外交交渉が行われることすらあるほどだ。
 そしてリシャールは今、外交的な色合いの濃い交渉で二者択一を迫られている状態だった。
 ここでアルビオンの提案を蹴ったとなれば、王族の顔を潰し機嫌を損ねることになり、特使としての任務も失敗に終わる。
 提示された条件を呑めば、任務は無事に成功で更にはフネも手に入るが、大きな負担を強いられる。
 どちらに転んでも、痛い話には変わりなかった。同じ痛いなら、得られる物が多い方がいいか……と気軽には言えたものではないが、後々のことまで考えれば、腹を括ってウェールズの提案を呑むしかなかった。

 リシャールは深呼吸を一つして、気分を切り替えた。
 ここまでが外交の交渉なら、ここからは商取引の交渉である。ウェールズの顔を立てつつ、こちらの条件を少しでも有利な状況に持っていくのだ。
 容易に丸め込める相手でないことは、ここまでのことでよく分かった。人柄は気さくでも、流石は次期国王である。ウェールズは、人としての自分と次期国王としての自分を分けて考えられる人物なのだろう。
 ならば自分もそれに敬意を表して、友誼と商売を分かつべきだと考えたのだ。
「わかりました。
 私はそのお話を受けざるを得ないのですね、殿下」
「……済まないね」
「いえ、お立場は理解できるつもりです」
 若干寂しそうに言うウェールズに、リシャールは笑ってみせた。
「……しかし実際の話、一個連隊分の銃となると、流石にすぐは無理です。
 正直に申し上げますと、今現在マスケット銃の在庫は約百丁、現状では月産五十丁、大砲や短銃の生産を止めて銃の製造に全力を傾けても、月産で百丁と少しが限界です。
 根本的な増産をはかるにしても、買えば済む機械はともかく新人を仕事に慣れさせる時間を考えますと、短期間で大きな効果は望めません」
 少し甘めの数字を述べて、ウェールズの反応を見てみる。
 各国で軍制は若干異なるが、定数を満たした一個連隊は約千五百人程度だった。これには司令部や砲兵隊、工兵隊、輜重隊、伝令などの支援部隊が含まれるから、正面戦力である銃や槍を持った兵士の数は千から千二百程度で、このうち、主武器として銃を持つ銃兵は半数から三分の二。よって連隊が装備する銃の実数は、およそ五百から八百丁となる。
「月産百丁か、なかなかの数字だが……。
 こちらで欲しいのは予備も含めて七百五十丁、その数だと半年近くになるかな?」
「七百五十、ですか。
 半年よりは僅かながら納入を早めることは可能だと思いますが、極端に短縮は出来ない、というあたりになりますね」
 完全に大砲や短銃の製造を止め、慣れた工員を分けた上で新人をを増やして二直制か三直制を導入し、機械の遊びを極限まで減らせばかなり短縮は出来るだろうが、流石にそこまではしたくない。それを行うならば、投資をして機械や工具を増やす方が幾らかましだった。
「半年、いや……うん、半年で構わない。
 連隊長以下基幹要員を揃えて部隊の運営を始めるにしても、今日明日とはいかないからね。
 納入の期限は半年以内。
 ……この条件で引き受けて貰えるかな?」
「期日は守ります。
 そして、なるべく急がせます」
「うむ、ありがとう」
 途端に人好きのする笑顔に戻ったウェールズを見て、リシャールは、この人は生まれながらの王なのかもしれないと思った。いや、思わされた。
 断れない無茶を振られたのはこちらだが、後味が悪くなかったのだ。

「さて、もう一つの条件である支払いの方法だが……」
「銃の代価にはフネを充てる、と言うお話ですね?」
「その通りだ」
 ウェールズは呼び鈴を振って従者を呼びつけ、茶杯の入れ替えと資料の手配を命じた。予め用意してあったのか、従者たちの行動は非常に素早い。流石に王城勤めは動作の切れ違うと、妙なところで感心させられる。
「さて、これに目を通してくれたまえ」
 渡された資料をめくりながら、ウェールズの言葉を聞く。
「資料の上から順に、今回売却予定の戦列艦、フリゲート、大型スループについて記してあるはずだ。小型艦は数が多いので表から外してあるよ。
 当然、どれを選んでも出る差額について……それを埋める方法はどうするかな?」
「はい、こちらの足が出る様でしたら、お納めする銃の数を増やす方向で調整していただけると助かります。
 逆の場合は、現金でも小切手でも、何か別の品物でも構いません」
「妥当な線だな。
 よし、それで行こう」
 ウェールズは気付かなかった様だが、今のリシャールの発言は聞き流してはいけない発言だった。単に両者の均衡を取る為の条件提示ではない。
 今回のようなバーター貿易の場合で、しかも一方が用意する品物が定まっている場合にはそこまで気にする必要もなかったが、売りつけるマスケット銃の数を増やせば、利益の率は変わらずとも取引の総額が増え、それだけリシャールが得る利益は増えることになるのだ。
 但し、この段階では取り引きの対象となるフネが決まったわけではなかったから、リシャールとしても保険のようなつもりの発言であった。

 空軍中将だけあって、ウェールズの説明は詳しい部分にまで及んだ。いや、フネに対して必要以上に興味に持ち、それに裏打ちされた故の知識と言うべきだろうか。リシャールは、ウェールズから説明を聞いては資料を眺め、質問を繰り返した。おかげで自分の選ぶべきフネについての考えが、徐々にまとまってくる。
 第一に考えるべきは、単艦で行動せざるを得ないので、空賊から逃げる為に高速性能を重視すべきであるということだった。フネを手に入れれば船長や船員を雇う必要があったが、最初から高い練度は期待出来ない。フネの性能に胡座をかいてでも逃げ足を確保できれば、少なくとも簡単にフネを喪失するような事態にはならないはずだった。
 次に経済性だが、そこに重きを置くならば大型スループも十分視野に入る。それでも、商船には確実に水を開けられてしまうだろう。戦列艦は搭載量が非常に魅力的だったが、砲を相当数降ろしたとしても運用に金が掛かりすぎた。フリゲートは積載量こそ三者の中では低いが、高速性能では他の追随を許さない。それに、一般の商船では無理な速度性能は、上手く使えば付加価値となる。
 この点から戦列艦やスループは除外し、リシャールはフリゲートを選ぶことした。それにいくら積載量が小さいとは言っても、アーシャ程度ならば余裕で運べるのだ。ブレニュス船長には失礼だが、ベルヴィール号よりは余程大きい。
「では個艦の説明に移ろうか。
 私のお薦めは、この『アラクリティー』だな。
 『アラクリティー』は備砲四十六門の重装フリゲートで六二二四年の竣工、ふむ、艦齢十五年ならまだまだ働き盛りかな。
 資料にあるもう一隻、『インプラカブル』は『アラクリティー』よりも若干優速だが、こちらは一回り小さい等級で、砲の口径は小さいし積載量が少ないね」
「なるほど……」
 頷いては見たものの、今ひとつ実感が湧いてこない。
 先日見学した『アンフィオン』号を思い出しながら、あれこれと想像してみる。
 『アラクリティー』は全長五十メイルほどで、『アンフィオン』と似た大きさのフリゲートだが、若干船体が太くて大きい様だ。乗員の定数も三百名以上と多いが、操帆などの運行に関わる人員はアンフィオンよりも少ない。これは大型の帆を備える『アンフィオン』が高速を出せる由縁でもあるのだが、リシャールがアルビオンへと乗ってきた『クーローヌ』号と変わりない四十名ほどの運行要員を必要とするのだ。これが『アラクリティー』では三十名弱となる。全長が四十メイル余りの『インプラカブル』ではこれが二十余名となるが、要目表に示された樽換算での積載量が『アラクリティー』と倍ほども違い、更には艦齢も二十五年とあって流石に食指が遠のいてしまった。
 但し、両者の価格差は大きく、提示されている評価額は『アラクリティー』の二十一万三千エキューに対して、『インプラカブル』は九万二千エキューと半額以下であった。これには砲や装具も一式含まれているから船体だけの差ではないが、先ほどまでとは逆の印象になる。
「どうだろうか?
 銃の購入価格との差を考えて選んで貰えると、こちらとしては助かるのだが……」
 リシャールが先日ウェールズへと提示したマスケット銃の価格は、一丁三百エキューであった。七百五十丁ならば、その金額は二十二万五千エキューとなる。新品のマスケット銃としては標準的な価格であったが、性能を考えれば同等品よりも安い。
 ただ、ウェールズもリシャールも、取引の価格そのものについて値引きを口にしなかった。いや、出来ない理由があった。互いに値下げ合戦が始まっては、元も子もないのである。
 しばらく要目表を睨んで唸っていたリシャールは、顔を上げてウェールズに向き直った。自分の中でもほぼ『アラクリティー』に決まっていたが、札を一枚切ることにしたのだ。
「殿下、『アラクリティー』に決めたいと思うのですが、一つよろしいですか?」
「うむ?」
「『アラクリティー』の装備から、搭載の二十四リーブル砲三十門を全て降ろした場合、価格はどのぐらい下がりますでしょうか?
 有事に備えて保管しておくことも考えましたが、無駄になると思いますので……」
「すぐに数字は出せないな。よし、担当の者を呼ぼう」
 ウェールズは再び呼び鈴を振って従者を呼び、『アラクリティー』の詳細な資料と担当者の呼び出しを言いつけた。

 ウェールズは黙っていたが、三十門もの中口径砲の譲渡は、損傷艦艇の修理と装備の融通で戦力の早期回復を指向している現在のアルビオン空軍にとり、無視出来ない提案であった。
 リシャールが思い描いていたのは別の理由だが、奇しくもアルビオンの喉元を突いた形になったのだ。
 商船として使うフネに、三十門もの砲を積んだまま運用することは無駄に過ぎた。代わりに積み荷を増やしても良いし、軽いままなら船足が上がる。風石の搭載量を増やして、航続距離を伸ばすこともできた。運用時の経済性も含めて自由度が大きく増す上に、値段も安くなる。
 個人の持ち船には、空海軍のように、見敵必戦で海賊空賊を駆逐しなければならない理由はほとんどない。安全圏まで逃げ切れればよいから、いやがらせ以上の武装は必要がなかった。

 待つほどのこともなく扉が開かれ、二人の人物が現れた。一人は初老の貴族、一人は壮年の官吏である。
「レストン、君まで来たのか?」
「殿下がやり込められているのではないかと、心配になりましたもので」
「見物しに来た、の間違いではないのか?」
「ご想像にお任せいたします」
 リシャールに聞かせるためか、初老の男性はそのような内容を口にした。
「紹介が遅れたね、毒舌を披露した方が軍務卿のレストン、もう一人の彼はレストンの部下で、実務を担当しているオーチャードだ」
 互いに挨拶を交わし、改めて名乗り合うと二人も席に着いた。
「リシャール君から『アラクリティー』搭載の二十四リーブル砲三十門について、こちらで引き取れないかとの提案があってね。
 オーチャード、評価額はどの程度になる?」
「しばらくお待ち下さい」
 オーチャードが資料をめくる間に、レストンからリシャールへと声が掛かった。ウェールズは沈黙を守っているが、何やら楽しそうだ。レストンの毒舌がリシャールへと向かうのを、楽しみにしているのかもしれない。
「セルフィーユ子爵、話の流れからすると『アラクリティー』にお決めになったようだが、決め手は何だったのだろうか?」
「先ほど殿下より軍艦について色々と伺いまして、私がまず重視すべきは速度性能、次いで積載量や経済性であると考えました。
 間違っても個人で艦隊を揃えたりは出来ませんから、一隻だけを選ぶとすれば、生残性、つまり逃げ足を優先すべきです。
 そこでフリゲートを選びましたが、お話にあった二隻のうち、殿下のお勧めでもあり、総合性能に優れている『アラクリティー』を選びました」
「なるほど、速度重視かつ個艦の性能が決め手、というわけですな」
「はい。
 大型のスループ複数とも迷いましたが、経済性では結局商船には敵わず、中途半端になってしまいます。
 ならばいっそ、普通の商船では決して真似の出来ない船足を武器にした方が良いと考えました。至急の荷を引き受けたりすることも出来ますからね。
 特に先日の園遊会では印象深かったのですが、急ぎの荷が多く取り扱われ、フネや竜篭どころか、荷馬車の手配にさえ苦労したほどです。
 無理を申し上げて、お客様であるアルビオン王国にフネの差し回しをお願いしたほどですからね」
「その件は耳にしておりますぞ。
 大変な歓待振りで、『アンフィオン』の乗員は艦長から水兵に至るまで、随分良い思いをしたと聞いておりますな」
 矛先の向いたウェールズがむせていたが、リシャールもレストンも、示し合わせたように見ていない振りをした。
「……失礼します、殿下」
「ああ、オーチャード、口頭で構わないから聞かせてくれ」
 ウェールズに対する助け船のように、オーチャードから声が掛かった。リシャールらもそちらを注視する。
「はい、殿下。
 個々の砲の命数までは調べがつきませんが、砲の更新時期と戦歴を照らし合わせますと、大凡ですが一門あたり二千エキュー、三十門で六万エキューが妥当かと思われます」
 かなり低く見積もられたかなと、リシャールは思った。
 船舶砲よりは安価な野砲でも、武器商人が引き取るならば二千五百から三千エキュー程度にはなる。ただ、一度に大量に売り込めば足下も見られるはずで、その事を考えれば極端に酷い話でもないかと考え直す。
「では、それでお願いいたしましょう」
「決まりだな」
「はい」
 リシャールはウェールズと握手を交わした。これで大凡の話し合いは済んだのだが、一つだけ問題が残っている。
 『アラクリティー』の評価額は当初の二十一万三千エキューから砲を三十門降ろした分、値が下がって十五万三千エキュー。
 セルフィーユ製マスケット銃は、七百五十丁で二十二万五千エキュー。
 この七万二千エキューの差額をどう埋めるかという話し合いが、そのまま続けて行われた。
 だがここで、リシャールは自らの掛けた保険に足を掬われる形となる。

 リシャール側が不足を補う場合は、納入する銃の数を増やす。
 アルビオン側が不足を補う場合は、等価であればその内容は問わない。

 代価の穴埋めとして、もう一隻フネを押しつけられては非常に困るなという予感は、即刻現実のものとなった。
「オーチャード、『インプラカブル』から砲を降ろせば丁度七万二千エキューぐらいにならないか?」
「はい殿下、砲の大小を選びつつ数門残せば、その金額に近付けることは可能です」
「ほう、一度に二隻のフリゲートが売れましたか。殿下はなかなかの商才をお持ちですな」
「おだてるなレストン。商売が得意なリシャール君が反応に困っているではないか」
「おや、これは失礼」
 事ここに及んでは、もう遅い。
 リシャールは頭を抱えた。






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