ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第七十六話「白の国」




 リシャールらを乗せた戦列艦『クーローヌ』号は、王都を出航してより順調な航行を続けていた。
 ラ・ロシェ−ルまでが一日、補給を受けてアルビオンまで高度を上げロサイスの軍港までが二日。ロサイスでは礼砲を受け、エスコート役のアルビオン王立空軍のスループ『コドリントン』と合流し、今は目的地である王都ロンディニウムを目指している。
 リシャールはと言えば、親しくなった士官候補生のルイ・アベルとともに、士官次室で雑談に興じていた。
「しかし、天気には恵まれているようで安心したよ。
 自分が船酔いに強いか弱いかも知らなかったからね」
「はい、風も随分と都合の良い調子です。
 閣下、この分ですと、王都ロンディニウムまでは丸二日かからないかもしれません。
 帰りは逆風で少しもたつくにしても、アルビオンからの下りはもっと早いですよ」
 士官候補生は他にも数人居たが、彼らは皆リシャールとそれほど歳の変わらぬ相手とあって、気楽さがあった。彼らは皆貴族の子弟であり、数年勤め上げて試験に合格すれば海尉、つまり正規の士官へと昇進する。
 国内に幾つかある士官学校は全て陸軍士官を養成する場所であり、現場主義で経験を重視する空海軍ではフネで直接教育を行うのだ。
 ルイ・アベルによれば、空海軍だけは平民にも士官への門戸が開かれており、彼らは航海士へと任じられた後、規定の年限を勤め上げて同じく試験に臨むそうだ。航海士は同じ准士官でも士官候補生の上位にあたるが、経験豊富で見識に優れた年かさの者が多く、実際には階級差以上に能力や扱いに差があると言う。
「なるほどね、片道五日か。
 ありがとう、ルイ・アベル候補生」
「自分は二度目のアルビオン訪問となりますので、大凡のことは存じております」
 船旅も四日目ともなると、リシャールもフネには慣れ、使節団の会合がない時は、自由な出入りを許可された士官室や上甲板で非番の士官や候補生を相手に雑談などをしていることが多かった。
「閣下、お飲物のお代わりはいかがです?」
「ありがとう。いただこうかな」
 ルイ・アベルがパチンと指をならし、従卒役として控えている少年水兵を呼びつけた。
「君、閣下と私に温かいものを」
「はいっ!」
 艦内でも彼ら少年水兵だけはリシャールよりも年若いが、十五になれば四等水兵をすっとばし、二等もしくは三等水兵に任じられるとあって、仕事はきついながらも平民の少年達には人気のある職業であった。頑張り次第では士官へと任官することも夢ではないから、尚更である。
 少年は素早く控え室へと走り、濃いめの香茶を煎れて戻ってきた。陸軍空海軍を問わず、軍ではすべからく味付けが濃い。飲み物も例外ではないと、ここ数日の体験によってリシャールも学んでいた。
「香茶をお持ちしました、閣下」
「うん、ありがとう」
 『クーローヌ』艦内で閣下と呼ばれる者はただ一人、リシャールのみである。単艦行動とあって提督はおらず、使節団の随員にも爵位を持つ上級貴族は充てられていない。この任務の重要度も推して知るべし、である。
 特使という役目の重さに身構え、用立てられた戦列艦にも圧倒されたが、手紙を届けに行くだけのことと割り切った方が良いのかも知れない。無論、疎かには出来ないが、過度の緊張が能力を奪うことは、ハルケギニアでもよく知られていた。

 明けて翌日の夕暮れ前、『クーローヌ』号は予定よりも僅かに早い時刻にロンディニウム近郊の軍港、クロイドンへと入港した。
「随分と……大きい港だなあ」
 船縁から眺めてみるが、ここは同じ首都近郊の港でも、軍民共用の上に規模も小さいトリスタニアの港とは比べものにならない大きさで、何隻もの戦列艦が舳先を並べて帆を休めている姿は壮観であった。

 この首都近郊に於ける港の差は、両国のあり方の違いを端的に象徴していた。
 アルビオン王国は浮遊大陸にあり、ハルケギニア各地と直接つながる街道は一本としてない。フネ無くしては何一つ出来ないのである。当然ながら、アルビオンへと攻め上ってくる相手もフネを使わざるを得ず、国を守るためにはまず空海軍の充実を必要とした。空中にあって海がないアルビオンでは空軍を名乗っているが、海洋国家に於ける海軍力と同じく、空軍の充実はそのまま国益の保護と各地の港の発展に繋がった。
 それに対し、トリステインは典型的な大陸国家であった。南はガリア、東はゲルマニアとそれぞれ国境を接し、日常的とは言わないまでもそれなりの頻度で起こる紛争を乗り切れるだけの軍事力が無ければ国が滅ぶ。フネはあれば便利だが、陸路で軍を移動できる隣国から国土を防衛するには、陸上の兵力を揃えることに力を傾けざるを得ない。
 ハルケギニアでも屈指の大国であるガリアとゲルマニアについてもそれは同様で、ともに長大な国境線を抱える両国は陸軍力を重視する傾向にある。もっとも、国力に比して軍艦が少ないというだけで、両国の艦隊はトリステインのそれを質、量ともに大きく凌駕していた。

「子爵閣下、こちらでしたか」
「お疲れさまです、ド・フラゴナール殿。
 いよいよですね」
 のんびりと外を眺めるリシャールに、ド・フラゴナールが声をかけてきた。彼はこの使節団のまとめ役を任されている政府の外交官吏で、年齢は二十代ながら、会議での様子などを見る限りなかなか切れ者のようである。
 大型船舶では、入港から接岸まではそれなりに時間がかかる。彼も支度を早々に済ませ、暇を持て余しているのだろう。
「ええ、しかし、今日のところはごゆっくりとされて下さい。
 明日はこちらからお迎えに上がります。
 ……会議でも再三申し上げましたが、アルビオンでは昨今騒乱が続いております。
 くれぐれも、お気をつけ下さい。
 知らない振りをなさるぐらいで、丁度良いでしょう」
「はい」
 リシャールも、『クーローヌ』号に乗ってから初めて知らされたのだが、アルビオンでは今年に入ってからだけでも既に二つの内乱があったと言う。既に事後処理も済んでいると聞いたが、爪痕は大きかったようだ。
「そう言えば、閣下はどちらにお泊まりの予定ですか?
 我々はいつものように、大使館の小部屋に雑魚寝のつもりですが……」
「私もそちらの方が気楽でいいんですが、そうはいかないと聞いていますからね。
 艦長に宿を紹介してもらいましたから、そちらに泊まる予定です」
 普段ならば大使の公邸に泊めて貰うことも出来るし、当初はその予定であったが、現在は内装の工事中とあって断られてしまったのだ。リシャールには知らされていなかったが、実はこれも内乱の影響である。防壁を新しくしたり衛兵の詰め所を拡張したりと、万が一の備えを見直しているのだ。
 ただ、工事や内乱について知らされたのが王都へと入ってからであったため、対処のしようがなかった。ハルケギニアでは、気軽に電話をかけて宿の予約を取るわけには行かない。遠くに急ぎで言葉を伝える手段は、伝説扱いになっているような魔導具を除けば、伝書フクロウやフネ、竜なども含めた飛行する幻獣、早馬あたりに限られた。
「しかし、本当に護衛はいらないのですか?
 フーレスティエ艦長も陸戦隊を貸し出そうかと、口にしていましたが……」
「大丈夫だとは思うんですよ。
 そこまでロンディニウムの治安が悪化しているなら、ド・フラゴナール殿の耳にも入っているでしょうからね。
 宿はまともだと聞いていますし、使い魔も、飛行の許可が取れるなら連れていきます。 
 それに……」
「はい」
「これ見よがしに十重二十重の護衛を配置すれば、内乱を警戒されているのかとアルビオン側の心証を悪くするかも知れないのでしょう?」
「ええ、まあ……」
 リシャールの護衛については既に話し合われた内容であったが、いくら混乱に乗じたとしても、竜を連れた貴族にわざわざ手を出すほど馬鹿はいまいとの結論に落ち着いた。
 そして、身代金を狙っての犯行であれ、両国間の諍いの引き金としての襲撃であれ、万が一最初から狙われているのであれば、少々の小細工は無駄と相場は決まっている。
「ともかく、何か問題が起きる可能性は高い、と言うことだけは肝に銘じておきますよ」
 リシャールは努めて明るい様子で、肩をすくめて見せた。
 少年特有の後先考えない様子に見られても困るが、不安な表情を見せるわけにもいかなかいのだ。

「ようこそロンディニウムへ、リシャール殿!」
「エルバート殿、お出迎えありがとうございます!」
 下船の準備をして渡り板に向かうと、桟橋には出迎えの大使館員らに混じってブレッティンガム男爵エルバートが立っていた。背の高い彼を見上げながら握手を交わす。
 早速宿屋の件を話し、王都上空の飛行の可否を尋ねてみると、王城の上以外なら大丈夫だと返事が返ってきた。今は平時の状態に戻っているようだ。
「船旅はいかがでしたかな?」
「来る途中になりますが、今回のアルビオン行で一番楽しみだった白い崖を間近に眺めることが出来ましたよ。
 運良く天候にも恵まれていましたから、実に雄大かつ迫力のある景色を堪能出来ました」
 知識では知っていても、やはり空に陸地が浮かんでいるというのは、何とも不思議な光景だった。圧倒されたと言って良い。CG映像ではないのだなと、幾度も目をこすったほどである。
 翼によって発生する揚力で飛ぶ飛行機とは違って、風石機関で浮くフネも十分不思議ではあったが、こちらは何と言っても人の作った物だ。現代世界から突然連れて来られたならばともかく、リシャールは赤ん坊としてハルケギニアに生を受け、魔法も含めた常識や知識、約束事を教えられてきたから、魔法や魔導具と同じくまだ納得できた。だが、アルビオンは大陸一つがそのまま浮いているのだ。
「あれは我が国の別名、『白の国』の由来となっているものですからな。
 数あるお国自慢の中でも、特別な存在でありますな」
「ええ、帰りも是非、じっくり眺めたいと思っています」
 リシャールはエルバートとしばし雑談を交わしながら、ようやくアルビオンへと足を踏み入れた実感を味わっていた。

 明日また会いましょうとエルバートらに手を振ったリシャールは、恐縮しながらも王立空軍の紋章が入った馬車を借り、船長に紹介された宿『獅子の心』亭へと向かった。
 『獅子の心』亭は繁華街から少しはずれた場所にあったが、門の構えも建物も、ついでにちらほら見える客も明らかに貴族ですといった風で、これも格式かとため息をつくしかない。リシャールは宿の場所だけを確認すると、宿泊の手続きをフェリシテらに任せ、自らは馬車を返しに行くついでにクロイドン軍港へと取って返し、アーシャに乗って再び宿へと降り立った。
「これはまた……随分と立派な部屋だなあ」
 借りた部屋は宿で三番目ぐらいに上等な、主人用の寝室と居間の他に、前室と従者の控え室、簡単な厨房まで備えた一室であった。専任のご用聞きが付けられているほどの高級宿に泊まるのはリシャールも初めてであり、アニエスらとは別の意味で緊張する。
 当然ながら食事やアーシャの預かり賃は別で、これで一泊六十エキューとなっている。高いとは思ったし宿代は自前だが、これも任務の内と割り切るしかなかった。トリステインを代表して訪れた王政府の特使が、裏路地の安宿で平民に混じって一泊五十スゥ夕食付きの相部屋と言うわけにはいかないのだ。
 ともかく、今日のところはド・フラゴナールの言うようにゆっくりとさせてもらおうかとソファに腰を下ろし、メイドたちを退出させたリシャールは、食事の時間まで居眠りを決め込むことにした。

 翌日、まずは迎えに来たド・フラゴナールらと共に大使館に駐アルビオン大使のクーテロ男爵を尋ね、挨拶を交わした後、車列を連ねてアルビオン王国の中枢たるハヴィランド宮へと向かった。
 車中から見える市街の様子は、トリスタニアと極端に変わるものではない。それでも服装や看板などはお国柄が出るのか、全体に大人しげな雰囲気に見える。前に訪ねたゲルマニアの帝都ヴィンドボナはどうであっただろう。
 トリステインが派手好みなのかと問われると疑問符が付くが、昨日の食事にしても、味はともかくも飾り気が少なく、代わりに量が多い印象であった。やはり国情に合わせて少しづつ違うものなのだろう。
「しかし、子爵殿がお若い方だとは聞いておりましたが、うちの息子よりもなお若いとは」
 リシャールの向かいに腰掛けて笑うクーテロ男爵は既に五十を越える歳で、アルビオンへと赴任して五年、それ以前にも各国への駐在経験を持つ外交官吏であると言う。子供扱いも仕方のないことだろう。
 好々爺然とはしているが、食えないなあとの感想を抱かざるを得ない。義父ともマザリーニとも異なる、一種独特の緊張感を今も要求されているのだ。苦手順に並べてみれば、三番目ぐらいに営業をかけたくない相手かもしれない。飄々とした態度でいつの間にか自分の要求を通してしまう、そんなタイプだ。
 飲まれた時点でリシャールの負けだが、対アルビオン外交の現場トップであることを思えば頼もしい限りかと、気持ちを切り替える。
「本日は同道していただけるとのこと、ありがとうございます。
 特使を拝命するのも初めてなもので、大使殿のお知恵とご経験をお借りしたいと思います」
「うむ、任されよ」
 リシャールはクーテロ男爵を、『男爵』と呼ばずに『大使』と呼んでいた。爵位よりも職位を優先し、クーテロ男爵を立てることを暗に示したのだが、男爵はリシャールを年若い子爵として扱うことで、自らの優位を保持しつつもリシャールを立てて見せた。
 ほんとに食えないなあと、内心で苦笑せざるを得ない。
 それでも、任されよと彼が言った一言に嘘はなかった。
 男爵は移動中と控え室での待機時間を利用して、謁見での細かな約束事や、アルビオン社交界での流行している話題など、地方諸侯であるリシャールでは気付きにくい事柄を幾つか教えてくれたのだ。
 リシャールが無事に特使を勤め上げることは、大使であるクーテロ男爵にとっても重要であった。特使の評判が上々であれば、リシャールが帰国して以降の仕事が多少は楽になるのだ。

「トリステイン王国王政府特使、セルフィーユ子爵閣下御入来!」
 儀式や公務にはもう慣れたと胸を張りたいところだが、そうそう平常心を保てる物ではない。
 謁見には、リシャールの予想を上回る大きな広間が宛われていた。大小あるはずの玉座の間の中では、最上級のものだろう。
 数十人にも及ぶ武官と文官が、赤絨毯の左右に居並ぶ。謁見自体は短い時間だが、そのためだけに人を集めることに意義があるのだ。 リシャールは玉座直下まで歩みを進め、跪いた。
 こちらから口上を述べたり、挨拶をしたりはしない。通常のお召しや急使はともかく、正式な謁見では故事に倣うものだと、説明を受けたときに聞かされていた。呼びかけられるまでに口を開くと、王の言葉を遮る不敬を行ったと見なされるのだそうだ。
「特使殿、遠路ご苦労であったな。面を上げられよ。
 ……して、用向きは?」
 正面の玉座には国王ジェームズ一世が座し、横手にはウェールズ皇太子が立ったまま控えている。
「はい、王家より仰せつかりしこちらの親書を奉呈致したく、罷り越しました」
「うむ」
 余計なことは何も言わない。全くの型通りに謁見は進むが、ちらりと眼前のジェームズ国王を見ると、柔和な笑みを浮かべ、何やら楽しげな様子であった。
 不審に思いながらも、王の視線を受けてやってきた老齢の侍従が差し出した銀盆に、親書を預ける。これをジェームズ王が受け取り、任務の一番大事な部分が無事終了した。
「うむ、確かに受け取った。
 返書をしたためる故、特使殿にはしばしロンディニウムに滞在願おうぞ」
「畏まりました」
 後は国王らの退出を待ち、謁見は終了するのだが……。
「これにて謁見は終了であるが……セルフィーユ子爵よ」
「はい、陛下……?」
 謁見の手順にはない王の言葉に、リシャールのみならず、居並ぶ百官らも僅かにざわめく。
「我が息子が、何やら子爵に用があると言うのでな。
 ……ウェールズ、後は任せたぞ」
「御差配に感謝します、陛下」
 ジェームズ王はリシャールに視線を送ると、軽く笑みを浮かべてそのまま退出してしまった。慌てて頭を垂れるが、疑問符が頭から消えない。
「セルフィーユ子爵、こちらに参られよ」
「はい、殿下」
 召し出すだけならば、謁見の儀式が終わってから侍従の一人でも遣わせれば済むことだ。それをわざわざ王自らが声を掛け、皇太子が特使を連れ出す意味を考えると、名誉ではあれ少々不安にもなろうと言うものだ。
 ただ、ウェールズらの表情から思い至ることはあった。
 まず一つは、ジェームズ王やウェールズが、アルビオンとトリステインが友好的な関係にあると家臣らに印象付ける為に、一芝居打った場合である。これだけならば何ら問題はない。リシャールはその為に派遣されたのだから、アルビオン王家からそのような態度を引き出したのならば、任務は無事に成功したと言える。
 続いて考えられるのは本当に用向きがある場合なのだが、これが問題だった。謁見の直後に声をかけられるほどの名誉な扱いに、思い当たる節が無いのだ。それこそ、リシャール個人がアルビオン王家と親しいと印象づけるだけのものに成り下がってしまう。公の内容ならば、その場で発表した方が効果は高い。
 それでも、不興を買ったということだけはないだろうと、自らを落ち着かせることは出来た。リシャールを叩き出すだけならば、そのような手間をかけずとも、『帰れ』の一言で済むのである。
 国王には、それが許されるのだ。

 リシャールは、ウェールズとともに警護の騎士に前後を挟まれて城の内奥へと進み、上層階の一室へと入った。落ち着いた雰囲気の部屋である。
「もう肩の力を抜いても良いぞ、リシャール君。
 ……先ほどは随分と驚いた顔をしていたね?」
「はい、今もまだ心臓が早鐘を打っております」
 軽い雑談を交わすうちに茶菓子などが用意され、騎士らも部屋から下げられた。アンリエッタの手紙を渡すのは今しかないだろう。
 そのタイミングを絶妙に見計らい、ウェールズが何かを言い出す前にリシャールは懐の奥から手紙を取り出し、両手で捧げ持った。封は為されているが宛名も自署もないそれに、ウェールズが眉根を寄せる。
「む、それは私宛の手紙かな?」
「はい、アンリエッタ姫殿下より、必ず手渡しするようにと仰せつかって参りました」
「アンリエッタの!?
 そうか、それはご苦労だったね」
 アンリエッタからの私信と知って、ウェールズは少しだけ笑みを浮かべ、大事そうに手紙を受け取った。
「アンリエッタの様子はどうだったかな、リシャール君?」
 自国の姫君のこと、言葉を飾るべきか迷いどころなのであるが、親しい間柄と想像のつく二人にとって、それは少し無粋かもしれない。普段は人伝でしか互いのことを知り得ない立場にある二人のことを考えれば、余計な気遣いは話を複雑にしてしまうことさえ考えられた。
 それにこの場では、メッセンジャーボーイに徹することがリシャール自身の身を守ることにも繋がるはずだった。
「はい、その……他言無用に願えますでしょうか?」
「うむ? ……いいだろう、約束しよう」
 ウェールズの言質を取ってから、リシャールは先を続けた。場に若干の緊張が走る。
「ありがとうございます。
 姫殿下が私に手紙を預けられた時のことですが……」
「……」
「私に気取られないようにと懸命なご様子でしたが、大変照れておいででした」
「……ははは、なるほど。
 確かに他言は出来ないな。
 いや、気を遣わせたようで済まない」
 短い内容ではあったが、リシャールの言いたいことは十分に伝わったらしい。何事かと身構えていたウェールズは笑いだし、楽しげに手紙を眺めた。
「ああ、ありがとう。
 ……そうか、ならばこれは大事に読ませて貰うとしよう」
 ウェールズは笑いを納めると、一つ頷いた。これからが本題かとリシャールも居住まいを正す。
「リシャール君、君と一つ取引がしたい」
「取引、でございますか?」
 先日土産にと献じた銃のことだろうか。だとすれば、願ってもない好機である。
「そう、取引だ。
 ……君は確か、フネを欲しがっていたと記憶しているが?」
 ウェールズはにやりと笑って、リシャールの返事を待った。






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