ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第六十七話「中休み」ツェルプストー辺境伯との対面はあったが、ダンスをせずとも済んだ事で、リシャールの心の中の予定表には大舞踏会無事終了の判子が押された。 もっとも、自分の知らない間には、色々とあったようである。 「わたしも姫様といっしょに見てたのよ」 翌日の朝食後、リシャールはやや興奮気味のルイズを相手に、大舞踏会での義姉の様子を聞き出していた。二階の端にラグドリアン湖を望めるバルコニーが作られており、望めばそこでお茶や食事が楽しめるようになっているのだ。 義父母らは午後に到着する予定になっているアルビオン王家の歓迎準備に追われ、義姉は何やらそわそわとした様子で食後すぐに自室へと戻ってしまっていた。 「でね、エレオノール姉様ったら、お父様のお選びになった五人の婚約者候補のうち、三人をひっぱたいてしまわれたのよ」 「それはまた……」 『魔法の』眼鏡の効果は、既になくなってしまったらしい。 視界を塞がれ、周囲の態度に戸惑い、不安げな様子であったからこその魔法であった。 「エスコートしてきたロレーヌの若様は、断りもなしに姉様の肩を抱こうとしたから当然ね。 ペタン家のばか息子もいきなり恋人気取りで、これも礼儀以前の問題だったわ。 ド・マリニャック卿は即興で詩を編んで、姉様の美しさを称えようとしたのだけど……」 「……それなのにひっぱたかれたの?」 「姉様の『胸』について熱く語って、はり倒されてたわ。 お父様の一睨みでその場は収まったけど、一緒にいた姫様と思わず顔を見合わせちゃったわよ」 十代前半のルイズはともかくも、エレオノールの胸がカトレアと違ってほぼ『揺れない』ことは、リシャールもなんとなくは知っている。もちろん、口に出したことはないし、確かめたこともない。それでも、女性にとって重大な関心事かつ非常に繊細な意味を含んでいることは、十分に理解していた。 「お父様が仰っていたけど、少し遅れてきたバーガンディの伯爵様はあれを見ていなかったらしいの。 その後は、姉様も伯爵様と楽しそうに踊ってらしたわ。……とてもいい笑顔でね。 今日は湖畔の散策に誘われているそうよ」 そういえば、義姉は朝から上機嫌だったかと、朝食の様子を思い返す。 偶然も重なってか、バーガンディ伯爵とは良い方向に進んでいるようだった。使者として出向いた折に触れたバーガンディ伯爵の人柄は、リシャールにも好ましく思えた。 もとより、いくら気が強くとも、いきなり激高したりするようなエレオノールではないはずだった。恋人『候補』であって恋人ではない人物が調子に乗ればああもなろうが、バーガンディ伯爵は恐らく、ごく普通に貴婦人に対する礼節を守ってエレオノールと接したのだろう。 このまま上手くいってくれれば、リシャールとしても拍手喝采である。 「そうだ、もう一人のモンテクレール家の公子様はどうしたのかな?」 「そう言えばそうね。 昨日も見かけなかったわよ?」 二人でしばらく首を傾げてみたが、理由は一つしかなさそうだった。 「……見てたのかな?」 「……見てたんだわ」 顔を見合わせて、はあっとため息をつく。 「バーガンディ伯爵様とは少しだけ話をしたけど、誠実そうな人だったよ」 「それもお父様に教えて貰ったわ。 帰り際に姉様をエスコートしてらした時の伯爵様は楽しそうだったし、姉様もまんざらじゃなさそうだったわね。 家柄はまあまあで、見た目は普通だし悪くはないんだけど、うーん、ちょっと押しが弱いかしら?」 ルイズの下した容赦のない批評に、十三歳の少女でも流石は女性だなとリシャールは苦笑した。もしかせずとも彼女の基準点が仮の婚約者であるワルド子爵なのか、少々厳しい採点である。 「ひっぱたかれた人たちは論外だったと、僕も思うけどね。 少しだけ伯爵様の肩を持っておくと、結婚相手と恋人じゃ選ぶ基準も少し違うだろうし、あの五人の中では一番だったと思うよ」 「そう?」 「うん」 後はバーガンディ伯爵の健闘……いや、どちらと言えば義姉の健闘を祈るべきかと、ルイズに頷いてみせる。 それにしても、大勢の集まる舞踏会で立て続けに三人もひっぱたいてみせるとは、やはり義父を嘆かせた気の強さというのは生半可なものではないのだなと、リシャールはもう一度ため息をついた。 そこに替えのポットを持ったメイドと、遅れてもう一人、こちらはセルフィーユ家の従者が現れた。 「リシャール様、公爵様がお召しにございます」 「午後の事かな? ……ルイズ、ごめんね」 「ううん、お役目だもの。 わたしも後で姫様のところにお伺いするから、また夜にね」 「うん、それじゃあ」 午後には、アルビオン王国より親善艦隊とともにアルビオン国王らが会場入りする予定であり、リシャールもそちらについて幾つかの役目を割り振られていた。 ラ・ヴァリエールにも、当然ながら結婚式の時に紹介された近しい親戚筋の貴族家や、アルトワにとってのラ・クラルテ家のような衛星貴族とも言うべき家臣らもいる。 しかし貴族家の方はラ・ヴァリエール同様に大きな家も多く、王家や王政府から別のお役目が割り振られていたりするのでそうそう助力を請うわけにも行かず、家臣の方はそれこそラ・ヴァリエールの手足となって駆けずり回っており、目の回るような忙しさの中、余力もなかった。 対してセルフィーユ家には、新興の上に当主が年少と言うこともあってか、王政府からは特に命が下ったりしていない。もっとも、娘婿として最初からラ・ヴァリエールの一門に織り込み済みなのか、実務を通した教育を舅に任せているという見方も出来なくはない。 しかし、その舅は何やら難しい顔をしていた。部屋には他にカリーヌ夫人と筆頭執事のジェロームもおり、似たような顔をしている。リシャールが予想していた、午後からの打ち合わせなどではないらしい。 「リシャールよ、少々困ったことになったのだ」 「何かございましたか?」 「アルビオン親善艦隊の到着がな、二日ほど遅れるそうだ」 「……それはまた、大事になりましたね」 午後からの歓迎式典に夜の大晩餐会と、アルビオン王家の登場に合わせて行われる予定だった行事が、変更を余儀なくされることだけは間違いなさそうだ。主催のトリステインとしては、少々どころではなく困った事態であった。 「先ほどのソールズベリー伯の顔色を見るに、こちらに落ち度があったわけではなく、向こうでもトリステインに対しての当てこすりなどを意図したものではないようではあったな。 だが、政変とまでは言わんが、ご不幸か、それに類する何かがあったことは間違いないだろう」 「いずれにせよ、困りましたわね。 せめて、どのような事態が起きたのかわかれば良いのですが……」 「相手が相手なだけに、下手な探りを入れるわけにもいかぬな」 確かに困りごとであった。 今の段階では、突発事態とは言えアルビオン側の失態なのであるが、状況に見合った対応をせねば今度はこちらの落ち度となる。お互いに歩み寄らねば、得るところは少ない。 「王家には既に連絡したが、こちらも対応には気を使わねばならん。 ともかくも、到着のずれ込みに引きずられてこちら側の不備が出たりせぬように、それから、少々急な呼び出しをするやも知れぬのでな、心しておけ」 「わかりました。 大きな予定の変更は歓迎式典の延期のみ、でしょうか? 晩餐会の方は、アルビオンの方々のお席はともかく、開催自体は延期されないのですよね?」 「うむ、加えて明日予定していた当家主催の夜会も、同じく延期だ。 今のところはそのあたりであるな」 公爵は髭に手をやり、嘆息して見せた。ラ・ヴァリエール主催の夜会の主な客人はアルビオンの人々で主賓はアルビオン王家であったから、これは仕方あるまい。 状況の変化を待ちつつ、後手後手に回る部分をいかに過不足無く補って行くかが鍵となりそうだった。 公爵らの元を辞したリシャールは、自らに任されていた饗応について、ヴァレリーらを呼んでどの程度の影響があるか自室で検討をしてみた。 だが、これと言って出来そうなことや、緊急の対応が必要とされる事柄はなかった。 用意した食材の類が、数日ならば品質が変わることのない産地直送の油漬けが主であったことが幸いしている。他の品も、副菜は根菜が殆どであったし、パンにする小麦も日持ちを云々するような食材ではない。正式の晩餐で出される分についても、油漬け以外はラ・ヴァリエールの手持ちであったから、こちらも特に気にすることはないようであった。 但し、次回の饗応の予定は、新来のアルビオン艦隊に合わせ明日行う予定だった。その分を延期とすれば、一時的に在庫過剰となりそうなのである。 「迷いどころだなあ。 裏庭の隅に倉庫を増築させて貰うか、予定通りに行うか……」 「お品が痛む、ということにまではなりませんでしょうけれど、延期に決定なさるのであれば、少なくとも倉庫はもう少し増築をお願いしないとなりませんわ」 「やはり、公爵様も主催の夜会を延期されるそうだし、こちらも延期にしておこうか。 倉庫の方は……後回しにすると、また何かあった時に慌てそうだし。 ちょっとご許可を貰ってきます」 「はい、かしこまりました」 一日にギーヴァルシュから到着するイワシの壷は、荷馬車三台分。 密封されているので短時間ならば野ざらしにしても問題ないのだが、直射日光で温められると、日持ちが悪くなって品質も落ちるのだ。 朝方にのんびりとしていたせいもあって、倉庫の増築が終わる頃には昼になっており、軽い昼食を摂った後は、公爵家の使者としてあちらこちらに出向いたり、こちらに到着したと知らせのあった祖父エルランジェ伯の元に挨拶に赴いたりと、午後からは逆に忙しくなってしまったリシャールであった。歓迎式典こそ延期であったが、あれこれと対応に追われて忙しい義父の手前、休憩ともいかないのでこれはこれでと思うよりあるまい。 そうこうするうちに、あっという間に大晩餐会の時間が迫り、いつものように公爵家の馬車へと乗せられて会場へと到着してしまう。 長々とした祝辞や挨拶がついてまわるのは致し方ないことだが、格式も来客も、ついでに出される料理も最高級な正餐だけあって、隙だけは見せるまいとリシャールも多少緊張していた。 「ほう、貴殿があの『鉄剣』殿か」 「はい、子爵殿」 立食とは違って知り合いを見つけたからと移動するわけにも行かず、リシャールは案内された隅に近いテーブルで、公的な席次が同格とされているらしいトリステインの貴族らと談笑をしていた。 「アルビオンの皆様は、いささか時計を巻き違えておられたようですな」 「いやいや、まったく」 「憚りながら、同じ遅れるなら、ゲルマニアの皇帝閣下にしていただきたかったものです」 リシャールのような領主もいれば軍人、法衣貴族なども混じっているといった具合で、雑多な集まりでもあったためか、表面上を滑っていくような、実のない会話が先ほどから続いている。 お互いに腹を割るような仲でもなく、さりとて自らの優位を主張するなどして場の主導権を握る必要なほど、利害関係もない。事なかれと言ってしまえばそれまでだが、互いの思惑が一致した結果故か、軽いやりとりのみに終始したこの数時間は、実に退屈な時間となった。 表面上はにこやかに相槌をうちながら、これならば子供扱いして貰う方が楽だなあと、内心で思うリシャールだった。 「では行くぞ」 「はい」 翌日のユルの曜日は、一旦アルビオン関連のことは横に置き、義父に付き従ってリシャールもガリアの宿営地へと向かうことになった。アルビオンを主に歓待するように命じられてはいても、流石に大国ガリアを無視するわけにはいかないらしい。 義父が昨日忙しそうにしていたのは、この為だった。ガリアの方でも、アルビオン王家不在で空いた時間を、他の予定を適度に前倒しすることで調整しているのだと、義父から教えて貰っていた。 ゲルマニアとの交渉などからは意図的に外されている公爵家だが、それ以外の客人とはかなり広い交友もあったし、国内の貴族なども相応に使者を送ってくる。 リシャールから見ればラ・ヴァリエールよりは格上のはずの独立国クルデンホルフなどは、向こうから挨拶に来て首を傾げさせたし、諸外国でも小国の国主などはやはり義父の元に使者などを遣わしてきた。極希だが客人の到着に合わせて義父自身が出向くこともあったが、こちらはどちらかと言えば私的な歓迎の意味合いが強いようだった。 「わしは少々長話になるやもしれんが……そうだな、お主は気楽に軍艦の見学でもさせて貰ってこい。 その方がよかろう?」 「ええ、まあ。 予備知識もなく大事なお話などに加わるなど、その場を引っかき回しかねません」 「……それはそれで面白そうなのだがな。 折を見てつきあわせることにしよう」 「あー、お手柔らかに願います」 ふふんと笑う公爵に、年回りが追いつけば、子供だからと今のように避けて通ることも出来なくなるかと思い至る。あと四、五年は大丈夫そうだが、これは自分に限ったことでもないから仕方あるまい。いまでも十分に『ずるい』のだ。 「今日のところは骨休め程度に思っておけ。 明日……いや、明後日からはまた忙しくなろう」 「はい、公爵様」 中休みにはほど遠いが、使者に赴くよりは余程気楽ではある。 今後はセルフィーユ家当主としてだけでなく、色々としがらみも増えて行くはずで、少しは気を引き締めておく方がよいだろう。この園遊会を通して少しは慣れておく必要があるように、リシャール自身にも思えた。 義父に紹介されたガリア王国外務卿アキテーヌ公に挨拶を済ませたリシャールは、小者をつけられてラグドリアン湖のガリア専用浮き桟橋へと向かった。 ガリア両用艦隊『バイラテラル・フロッテ』は、その名の通り空海両用船舶を揃えた艦隊である。 空中専用のフネと比べ、軍艦としては、下方に砲門が設けられない、整備が煩雑になり、建造費用も僅かながら高くなるなどの欠点がある両用船舶だが、海を利用することで飛躍的に航続距離を伸ばせ、桟橋も通常の海上船用の物がそのまま使えるのだ。海岸線の長いガリアでは、これらは無視し得ない要素であった。 浮き桟橋には数隻のフネが停泊していたが、リシャールが見学に向かったのは、その場では一番大きな戦列艦であった。見上げるほどの大きさと、セルフィーユに入港する鉱石運搬船さえ霞むほどの太い船体が印象的だ。全長も百メイル近い巨艦である。 「ようこそ我が『サン・ルイ』へ、子爵閣下」 こちらもフネに負けないほどでっぷりとした腹を抱えた艦長に礼をしてから、アルビオンのアルフィオン号で行ったようなやりとりを交わし、船内へと案内される。 やはり、中は相当に広かった。特に案内された最下層の砲甲板は、天井も高く設えられており、巨艦に相応しい巨砲が整然と並んでいる光景はリシャールを圧倒した。 「我が艦は最新式の六十四リーブル砲を四十八門も搭載しておりましてな、並の戦列艦では太刀打ちすることも出来ますまい。 無論、小型艦避けの中小砲も充実しておりまするぞ」 聞けば全艦で百門以上の砲を搭載しているという、まことに立派すぎるフネであった。少し近寄らせて貰ったが、領軍で使用している四リーブル砲が、砲口からそのまますっぽりと収まりそうなほどである。 「建造中の同型艦とともに、ガリア両用艦隊の中核を担う存在であります」 これだけの艦、リシャールの見るところ建造費は百万エキューを大きく上回ろう。それを量産できるとは、ハルケギニア随一の大国は伊達ではないらしい。 「さあ、竜甲板もご覧あれ。 我が艦は旗艦設備も充実しておりましてな、連絡用の竜を常用で六頭も搭載しております。 戦時には倍の竜を積んでも、まだまだ余裕ですぞ」 「流石に大きなフネは、すごいですね」 階段を昇りながら世辞を口にする。精一杯の見栄かも知れない。 だが、吹き抜けになった後檣の竜甲板に整列する竜と竜騎士に挨拶を返しながら、ほんの少しだけ今に見ていろという感情が浮かび上がってくるリシャールであった。愛国心とまでは決めつけ難かったし、間違っても狂信的なものではないが、他国のお国自慢には多少なりとも対抗心が沸き立つのだ。 それを表に出さないだけの分別はついているリシャールでさえ、この気分を引き出されるのである。そりゃあ各国揃って最新鋭のフネを持ち込んで大見得を切るはずだと、苦笑せざるを得ない。 しかし、いかに戦闘下でも、ヒポグリフやグリフォンで済む連絡任務に竜を宛うあたり大国だなとも一瞬思ったが、まとめて使えばそのまま竜騎士隊に早変わりするから、これは欺瞞なのだろうとすぐに気付いた。メイジの乗った竜は、それだけで脅威でもある。アーシャのようにブレスを吐けるならなおさらだ。 「実に堪能させていただきました」 「おお、それは何よりです」 「いやまったく、素晴らしいフネですね」 満面の笑みを浮かべる艦長に相槌を打ちながら、リシャールは、アルビオン艦のそれとは多少雰囲気の異なる内装に見入っていた。 こういった僅かな部分にも、お国柄が出るらしい。 アルビオン艦に比べて幾分曲線の多い舷側通路の手すりを握りながら、では我がトリステインの軍艦は果たしてどうなのだろうかと、ふと疑問に思うリシャールだった。 帰りの馬車の中、何やら不機嫌そうにしている義父を宥めながら、『サン・ルイ』を振り返り、やはり大きいなと思う。 ただ、頼もしくもあるのだが、リシャールの好みから言えばアルビオンの『アルフィオン』号の方が精悍に見えた。実際正面切って戦えば、八割方と言わず戦列艦である『サン・ルイ』に軍配が上がるだろうが、船足の速さを活かして『アルフィオン』が逃げ切れば完勝とは言えまい。 「それにしても、どうなさったのですか? 随分とお疲れのご様子ですが……」 「うむ、まあ、お主には話しておいてもよかろうか」 義父はため息を大きくつき、リシャールへと向き直った。 「私事、というわけでもないのだが……。 西の海、トリステインとガリアの境目あたりで跋扈しておる海賊どもを、共同で退治せぬかと申し込まれたのだ。 正確には、その話をトリステイン王政府へと通すに、わしに口添えをして貰いたいとのことであったのだがな」 話の内容自体は正規の外交上で口にしても憚るものではないから、円滑に交渉を進めるための布石として、義父に話を通しておこうと言うのだろう。正式に国政に参加しているわけではないラ・ヴァリエール公だが、頑固で鼻薬の効かないことがよく知られているにしては、この手の話は多いらしい。 「西には海賊が多いのですか? ギーヴァルシュにいた頃は、あまり意識したことはなかったのですが……」 「鳥の骨が直接わしに、海賊退治の費用を出せと書類を回す程度には、な」 そういえば、いつぞやその件で義父が怒っていたような覚えがあった。一応、トリステインでも問題視はされているようである。 「……後で手紙を用意するのでな、頼むぞ」 「はい、公爵様」 鳥の骨ことマザリーニ枢機卿には、なるべくなら会いたくないらしい。意外と子供っぽいところもあるのだなと、馬車の背もたれにふんぞり返る公爵を見る。 『鳥の骨』と口に出した分、義父はやや機嫌が悪くなっているかもしれなかった。 公爵家の宿営地はすぐだったが、見えてきた様子が行きとは少々異なっていた。 入り口には魔法衛士隊の騎士が立ち、車止めには王家の紋のついたユニコーン仕立ての白い馬車が止まっている。 「公爵様、あちらを」 「ふむ、アンリエッタ姫殿下の馬車だな。 こちらへいらっしゃるとはお伺いしていないが……」 二人で顔を見合わせ、ともかくも下車の用意をする。 何事かはわからないが、何かあったことだけは確かなのだ。 だが、馬車を降りて足早に向かった玄関ホールでリシャールらを待ちかまえていたのは、姫殿下ではなかった。 「おお、ルイズ、どうしたのだ? それにそちらに控えるは、ド・ゼッサール卿ではないか!?」 何としたことか、王宮魔法衛士隊のド・ゼッサール隊長とカリーヌ夫人を後ろに従えたルイズが、緊張した面持ちで立っていた。 「お父様、お帰りなさいませ。でも少し待っていて。 わたし、今は姫様の代理なの。王室の使者なの」 「ふむ?」 おほん、とかわいらしく咳をしたルイズは、巻物になっている羊皮紙を開いた。 「……リシャール、アンリエッタ姫殿下からの勅命です」 何故に自分と疑問が先に出るが、ド・ゼッサール隊長がここにいる意味も考え、慌ててルイズの前に跪く。 「はい、使者殿」 「『子爵リシャール・ド・セルフィーユは、速やかに我の元に参ぜよ。 アンリエッタ・ド・トリステイン』。 ……以上です」 「臣リシャール・ド・セルフィーユ、謹んで拝命いたします」 「宜しい……はう」 いくら親しい姫様からの頼まれごととは言え、護衛の騎士までつけられた正規の任務とあって、ルイズの方でも緊張していたらしい。 リシャールの方でも、姫殿下の代理とあって跪いたが、これでよかったのだろうか。 「そんなわけで、すぐ姫様の元へ戻らないといけないのです、お父様」 「うむ、お役目ご苦労だったな、ルイズ」 「リシャール、表の馬車はルイズだけでなく、貴方も乗せて行くそうです。 急ぎなさい」 「はい、カリーヌ様」 「さ、行きましょう、リシャール」 何がなんだか判らないままルイズに手を引かれ、リシャールは再び馬車で宿営地を後にした。 ←PREV INDEX NEXT→ |