メルルのアトリエ アーランドの妹錬金術士
閑話その一 私にできること




「姫様、今日はここまでにしましょう」

 最後の数学の問題を終えたところで、私は今日の勉学は終わりと告げる。

「ふぅー、疲れたー!」

 姫様は、人目をはばからず大きく伸びをする。
 以前にしては最近の姫様は頑張って勉学を励んでいるため、多少目をつぶりますが、もう少し彼女を見習ってほしいものですね。

「お疲れ様、メルル。ルーフェスさんも」

 傍で見守っていたケイナが姫様と私に紅茶を入れてくれる。

「それにしてもメルルは最近勉強頑張ってますね」
「んー、ナナちゃんもアーランドでがんばってるしね。私も頑張らないとと思って」

 やはり、原因は彼女でしたか。

 ナナ・スウェーヤ

 ケイナの妹にして、年は離れていますが、私の友人・・いえ、親友と言ってもいいかた。  転生という経験のため、内面が少々気難しいことになっていますが、彼女ほど話の合う人はいないでしょう。
 この5年間10歳以上も年下にもかかわらず、国政の相談をするだけでなく、趣味を含むプライベートをお互いに知る仲になってますしね。

「その状態がずっと続くとありがたいのですが」

 そう一言つぶやくと私はケイナの入れてくれた紅茶を口に含む。
 そういえば、彼女がアーランドに旅立ってから約1ヶ月も経つのですね。

「ひ、酷いよ、ルーフェス!せっかく頑張ってるのに。け、ケイナも笑うなんて!」
「ごめんなさい、メルル。でも最近のあなた結構頑張ってますよね」

 実際のところ、ナナが留学で旅立つとわかった次の日から姫様はサボらなくなった。
 ある意味いい薬となってくれているのだろう。
 これがナナと比較し、変な方向に捻くれると面倒なことになるが、その兆候は見かけていない。
 まぁ、ナナができすぎていて、追いつくとかそんなレベルじゃないのは事実であるため、本当に比較された場合は、姫様ではなく私になりそうだが。

「確かに、最近は詰めてばかりでしたね。今日の午後と明日はお休みにしましょうか」
「えっ!」

 姫様が、すごく驚いた顔で私の顔を覗いてくる。
 休みも与えないような、酷い私に見えるのでしょうか。

「姫様、根詰めて勉強しても疲れるだけでしょう。ナナを思い出してください。ずっと勉強し続けていましたか」
「そう言われてみると、勉強してるところあまり見たことないなー・・。一緒に遊んでいたかも」
「えぇ、ナナは勉強するときは勉強を熱心に頑張り、遊ぶ時は全力で遊んでいましたよ。そう言った切り替えも大事なのですよ」

 姫様は納得したのかわからないが、終わりとばかりに筆を投げ出した。

「よし、町に行ってくる!」

 そして言うが早いか、「やっぱり勉強を続けないさい」と撤回されるのが嫌だったのかそそくさに出て行った。

 ケイナは取り残されてしまったが、飛んで出て行った姫様をボーっと見ていたところから回復すると、後片付けを始めた。
 私も姫様の教育の片手間にこなしていた政務の続きを行う。

「そうだ、ルーフェスさん」

 外へ出て行こうとしたケイナが思い出したように足を止め、私に話しかける。

「どうかしましたか」
「後で見てほしいものがあるのですが」

 忘れていたとはいえ、姫様がいない時に確認するということはあれの件でしょうか。
 私は了承の旨を伝えると政務へ戻った。




「失礼いたします、ルーフェスさん、今お時間よろしいでしょうか」
「えぇ、かまいません」

 数刻経ってケイナは、大きな荷物を持って戻ってきた。

「ちょっと近くの森に姫様とライアスさんと出かけたので拾ってきたのですが、これは使えるものなのでしょうか」

 手に取ってみると間違いなくニューズとアイヒェだ。厳選したのか品質も悪くない。

「えぇ、どちらも錬金術で使える素材ですね、劣化しないように後でコンテナに保管して下さい」
「はい。ありがとうございます。ルーフェスさん」

 実は、ナナには内緒と言う話を受けていたが、転生と錬金術に関しては過不足なく話している。
 その話を聞いて、ケイナは疑いもしなかったが、妹から相談も知れないダメな姉とすごく落ち込んでいたものだ。
 以前ナナから聞いた「お姉ちゃんに嫌われたくない」という言葉とケイナの存在が心の支えになっていることを伝え、特に転生に関してはナナから相談されるまで切り出さないよう言い聞かせている。

 その話が既に4年くらい前になり、1年くらい前のナナが魔力の制御と錬金術の練習を始めた頃から何か手伝えることがないだろうかと相談を受けた。

「それにしても、錬金術って不思議なのですね。こんなものが役に立つなんて」
「えぇ、錬金術の有用性は分かっていますが、不思議なものです。錬金術士が言うには、学べば誰にでもできる技術とのことですが、奥が深いですね」

 相談の結果、錬金術の素材の採取について切り出した。

 しかし、この一つは容易ではない。
 錬金術で使用する素材は、身近で採れるものでも十分にできるが、高位の錬金術を行うには、珍しい素材を使うことが多い。
 それは、人里で採れないものが多いため、おのずと凶悪なモンスターと戦う場面が増えるのである。
 ケイナは、いつどこでなのか修練を繰り返し、話に聞くと近隣であれば一人でモンスターを蹴散らすくらいには強くなっているらしい。
 非公式ですが、ライアスとの模擬戦で勝ったらしいですし。
 それから、少しずつですが錬金術の素材について勉強している。何を取得してきていいかわからないと意味がありませんからね。

 もちろん、これは姫様のお世話をしながらである。

「ケイナ、今度遠出したいので手伝ってくれませんか。ハンデルの森まで。道中を含め珍しい素材があるかもしれませんよ」

 そう言うと、ケイナは快く了承してくれる。

 ナナが戻ってくるまで約11ヶ月。彼女が戻ってきたときには、少々アールズ内を開拓できそうですね。
 ナナ自身手伝ってくれるようでしたし、私もそれに全力で答えましょう。
 苦労を掛けるかもしれませんが、彼女たちの未来が少しでも平和な時を過ごせるように。




 私の友は、周りにほんといい影響を与えてくれますね。
 姫様には、見聞を広める視野を。
 ライアスには、ケイナを通して武を。
 そして私にはよき親友を。








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