ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
挿話その二「王権の行方」




 ブリミル歴六二四〇年ニイドの月の半ば、トリステインでは丁度アンリエッタ王女の立太子式が行われている前後。
 空中大陸の中央に位置するアルビオン王国王都ロンディニウムでは、他国に比べれば涼しいながらも、それなりに日差しの強い夏日が続いていた。
「もうすぐだからな」
「きゅー!」
 日中夜間を問わず、王城ハヴィランド宮へと飛来する竜は多い。
 アルビオンの竜騎士隊はハルケギニア最強を称しても他の列強から大して反論のないほど戦力と練度の充実したものであったし、各地とのやり取りや伝令に加えて、貴族の登城などにも利用されていた。
 速度だけならばヒポグリフやグリフォンでも十分に用を為せるが、国あるいは個人の富や権力、武力の象徴として、竜には特別な意味があるのだ。
 訓練や馴致なしに主人が『言い聞かせる』ことが可能な使い魔たる竜はともかく、世話役である竜丁の給料や装具の維持管理など、竜は手に入れるにも維持をするにも莫大な費用を必要とした。
 下世話な話、飼料代だけでも年間一千エキュー以上は必要であったし、餌の代わりに狩り場を用意するにしても、数アルパンの山野ではとても足りなかった。加えて竜舎なども用意せねばならない。それだけならば苦労して竜を運用することもないのだが、実際の戦場に於ける戦闘力の高さや、長距離の伝令に使える体力と速度から、国が中心となって繁殖や馴致に力を入れている。極一部の裕福な貴族、あるいは竜を商売の種にしている竜篭屋や長距離専門の伝書屋などでもなければ、竜を私有することはかなりの苦労があるのだ。
 そのような竜に乗った貴族がまた一人、ハヴィランド宮の竜舎へと降り立った。
「ダータルネスから飛び続けでね、何か食わせてやってくれ」
「はい、閣下」
 うーんと大きく伸びをしたブレッティンガム男爵エルバートは、騎竜の首筋を軽く撫でてから竜丁に手を振り、防寒服を兼ねた軽鎧のまま城内へと入っていった。
 
「失礼いたします、軍務卿閣下。
 王立空軍第一竜騎士大隊所属、エルバート・ブレッティンガムであります」
「おお、君か。
 ご苦労だった」
 そのままの足で軍務卿レストンの元を訪れたエルバートは、前置きもなく書類入れより紙束を取り出し、レストンへと手渡した。
「こちらがランズウィック大隊長より預かって参りました報告書であります」
「うむ、確かに受け取った。
 そちらはどうだったかね?」
 報告書そのものは、ダータルネスに駐留する艦隊や竜騎士隊との合同訓練についての途中経過を記したものであり、注意を払ってまで秘匿する内容ではなかった。外国の軍関係者などと会談した際に、資料として渡しても良い程度のものである。
 だがサインを入れた受領書を返したレストンは、厳しい目でエルバートに視線を向けた。
「……難しいところであります。
 内乱を煽るような言動をする者は、やはりおりませんでした。
 小さな横領や不当な配置換えは幾つか見つかりましたが……」
「あるにはあったが、何処にでもあるようなものだった、か?」
「はい」

 合同訓練そのものは、軍務卿の肝いりでロサイス、スカボロー、ダータルネスと、アルビオン国内の各地にて行われていた。深手を負った王立空軍だが、いつまでも嘆いているわけにもいかない。陸の方でも王都ロンディニウムにて新たに編成された連隊が、練度を上げようといくつかの練兵場に分かれて日々訓練に励んでいる。
 先日来の内乱に対し、王立空軍の早期再建と同じく、地上に於いても完全編成の連隊を最低限一つは保持しておくべきであるとの結論が出ていた。有事への備えを怠っていたわけではないが、余りにも空軍に力を入れすぎた面も反省されたのだ。
 そのような中で、王軍に勤務するエルバート他数名の貴族士官が密命を受け、内偵を進めていた。これはジェームズ一世にも承認され、他にも王都ではレストン配下の数名が王政府内への探りを入れている。
 王政府も軍も、アルビオンほどの大国となればその人数は数万人規模、王立空軍など地上要員をも含めれば十万人に達するのだ。多かれ少なかれ、そこには派閥が出来る。テューダー王家に近い者と遠い者、あるいは主流派と反主流派、南部と北部、歴史ある名家出身者と新興の成り上がりなどなど枚挙にはいとまがなく、上手く扇動して不満をつついてやれば相互に結びついて火が着いてもおかしくない。それらを事前に防ぎ王権の強化をはかることが、レストンやエルバートらの仕事であった。
 牽制という段階は、既に過ぎていた。先の内乱以後、ジェームズ王が疑心暗鬼に囚われて心の均衡を崩したわけでもない。ある意味、普通の出来事でもあった。
 結局は、王家も含めた貴族同士の覇権争いなのだ。王立空軍が手痛い被害を受けて再建中の現在、似たようなことを考えて叛乱を起こされては面倒に過ぎる。先手を打ってなるべく小さいうちに芽を摘み、事ある前にねじ伏せるべきものだった。
 そして強固な王権は、国の安定に繋がる。
 それは王家だけでなく、王家に近い位置にいる貴族達にとっても自家の安泰や利益となった。逆に中央から外れた貴族などは返り咲きを望むし、それは巡り巡って不和の種に繋がり、叛乱の温床となり得る。

「他からの報告も似たようなものだが……一つだけ、暗闇に近い場所にたどり着いたものがあった。
 ブレッティンガム卿、こちらを見て欲しい」
 レストンは他言無用と前置き、杖を振って引き出しの鍵を開けると一束の書類を取り出した。
「先年起きたカレドニア盟約の叛乱について調べさせていた者からの報告だ。
 昨日になってこちらへと上がってきたのだが、どうにも困った金の流れがあったらしい」
「失礼。
 ……これはまた、おかしな流れですな」
 エルバートは、手渡された報告書を一瞥して嘆息した。

 食うに困った領民が領主に対して起こす農民乱などはともかく、国家に対する貴族層の叛乱ともなると相応の金が掛かる。
 大抵は首謀者とその取り巻きを中心に金の流れが起きるのだが、首謀者から外に向かう流れは、例えば傭兵を雇い入れたりする直接の軍費、同調する貴族への支援、敵対はせずとも難色を示す相手への調略などが考えられる。反対に首謀者へと流れる金は、叛乱への援助や領地や財産、あるいは自身や家族の安堵を目的とした貢納があった。
 ここまでは専門家でなくともわかるが、エルバートが手にした報告書ではその向きが少々おかしかった。
 首謀者のスターリング侯爵が金をばらまく、これはまあいい。金額は侯爵の持っていた富裕な領地を勘案しても少々多い気もするが、数代かけてため込んでいた可能性も高いし不可解というほどではない。
 だが、カレドニア盟約へと集まってきた援助や貢納金が、更にはスターリング侯爵からの調略にしては多すぎる金が、何故に幾ら侯爵と仲が良くとも、叛乱に立たず援助も行わなかったダンスター伯爵の元に集まっているのか?
 もちろん、御家大事と叛乱への荷担を渋った伯爵に対し、侯爵が説得を重ね金子で釣ろうとした可能性も頭からは否定できない。
 だが、それ以外にも金の流れは存在した。
 とあるスターリング侯爵の家臣は叛乱に前後して、侯爵家の家産を持ち出しては、それをダンスター伯爵の息の掛かった商会に二束三文で売り払っていた。
 同様にスターリング侯爵の影響下にあった商会は、カレドニア盟約の敗北を知って侯爵家より依頼を受けて買い付けた武器弾薬の納入を素早く取りやめ、同じ商会にやはり安値で押しつけている。
 次回の叛乱への布石との意図を以て財貨物品がダンスター伯爵の手に渡ったと断ずるには弱いが、死んだスターリング侯爵が伯爵と懇意であったことは貴族社会では広く知られていた。当然、家臣たちや影響下にある商会なども互いを良く知る間柄、危機に際してダンスター側を頼ったとの言い訳も立つがあまりにも都合が良すぎるのだ。
 以上の事柄を総合して、次に叛乱が起きるとすれば、ダンスター伯爵領のあるアルビオン西部である可能性はかなりの確度であると思われる。
 報告書は、そのように締めくくられていた。

「ふん、どさくさ紛れにしては巧妙であろう?
 盟約に参加した貴族への取り調べや背後の調査はともかく、その後ろのそのまた向こう側にある、叛乱に恐れを為して逃げを打ったと見えた平民の足までは微に入り細に入り追ってはおられぬよ」
「はい。
 ……しかし、また我らは後手に回ったようですな」
 大げさに肩をすくめ、エルバートは報告書を机に戻した。
「うむ、まあ、この場合は後追いでもこの回答にたどり着いた部下達を誉めるべきであろうが……。
 陛下と殿下がトリステインよりお戻りになられてからになるが、速やかに討伐のご裁可を頂戴せねばならん」
「召喚状や逮捕状、ではなく?」
「ああ、召喚状や逮捕状ではなく、だ」
 レストンは水差しで口を潤すと、机の上にもう一枚紙を広げた。
「ブレッティンガム卿、命令書だ。
 第一竜騎士大隊は演習を切り上げ、速やかに王都へ帰還すべし。
 ……出撃の可能性大と、サー・ランズウィックにもそれとなく伝えておいてくれるとありがたい」
「はっ、了解いたしました」
 時間にしてわずか半刻ほどの王城訪問。 
 エルバートは退室して再び竜にまたがり、ダータルネスへととって返した。

 時を同じくして、大陸の玄関口であるロサイスの軍港では少しばかり困ったことが起きていた。
「……まだかね?」
「は、まだであります」
 アルビオン王立空軍本国艦隊司令長官リッジウェイ大将は、火の着いていないパイプを弄びながらロサイス軍港の長官公室で暇を潰していた。突貫工事で艤装を終え、四回目の公試運転に出ていた新鋭の超大型戦列艦『ロイヤル・ソヴリン』号が、予定の帰港時刻は過ぎても戻ってこないのだ。
 新型艦の性能を秘匿する意味もあって、もとより空域はロサイスからも航路からも離れた場所を指定していたが、それにしても帰還が遅くなりすぎていた。
「参謀長、前三回の公試では、特記するような報告は出ていなかったな?」
「はい。
 今回は兵装の公試も含んでおりますから、そちらの方で異常があったのかも知れません。
 地上試射時には問題なく性能を発揮したと聞いておりましたが、実際に運用するまではどう転ぶか判別がつきませんからな」
「確かに、確かに。
 巨艦に巨砲は大きな力となるが、さて……」
 司令長官という役職もあって口には乗せなかったが、いくら大口径砲が絶大な威力を発揮すると言えど、流石に九十六リーブル砲はやりすぎだったのではないかと、リッジウェイは思っていた。
 空海戦に於いては、砲力、速度、隊形、位置、気象など、様々な要素を如何に取り込み、相手のそれを如何に崩すかが勝敗を分ける。リッジウェイはどちらかと言えば空海戦では白兵戦よりも砲戦が勝敗を決すると信ずる砲戦主義者であったが、それにも限度があった。それは実戦経験に裏打ちされた砲戦主義であり、いまだ実験段階を通り越していない巨砲には、いささか懐疑的な感想を抱かざるを得ない。
 大砲は一般的に巨砲ほど威力が増加する傾向が強く、発射への手間と船体に及ぼす反動もまた大きくなった。中には威力は大きいが射程の極短い短砲身の巨砲や、標準的な砲の倍量や三倍量の火薬を一度に装填することを前提にひと回りもふた回りも厚い砲身を持たせた高威力の砲もあるが、使用時には制約が多い上に調達の費用も高価になりがちと、主流からは外れている。故に通常は威力、射程、運用、価格などを多角的に勘案して、砲身長は砲弾直径の八から十倍程度の砲が標準的な大砲として扱われることが多い。
 さて『ロイヤル・ソヴリン』の主力搭載砲は前述したように九十六リーブル砲だが、その砲力に耐えうる設計を為されていた故に、彼女は船体が二百メイルに垂んとする巨体を与えられていた。アルビオン語で『王権』を意味する名に相応しいだけの威容を誇るのは当然だった。
 砲門の数こそ百八門と並の一等戦列艦と大差ないが、三層ある砲甲板の最下層に並んでいるのはガリアの巨艦『サン・ルイ』級を上回る九十六リーブル砲であり、その数も片舷三十門とハルケギニア史上最大の軍艦に相応しいものであった。それでもあり余る巨体には標準的な戦列艦に倍する竜騎士を乗せ、加えて作戦会議室などの司令部設備も充実している。正真正銘、アルビオン空軍の象徴たるべく建造された艦であった。
 だが実際に座乗し作戦を運用するリッジウェイにとっては、少々頭の痛い問題もある。巨大な軍艦を単純に喜べるのは、何も知らない人々だけだ。
 初回の公試には自ら参加していたし、その後の報告書も随時読んでいるが、そこには通常の戦列艦よりも大きな主帆を四本備えていても、巨体故に加速は遅く小回りも利かないと記されていた。
 今日の公試には九十六リーブル砲の艦上発射も組み込まれているが、巨砲故に発射間隔が間延びしそうだとか、反動で艦体が壊れやしないかなどとリッジウェイは多少心配もしている。
 いや、前三回の公試で表面に現れなかった艦体そのものの不具合や事故、特に艦体の破損はあり得る可能性が高いかと、彼は顔を顰めた。予定の時刻を大幅に過ぎても港に帰ってこないのが、その証左である。
「……参謀長、迎えを出した方がよいかな?」
「今はまだ宜しいかと。
 試験には戦列艦を含む一個戦隊が随伴しております。
 何らかの非常事態であれ曳航も出来ましょうし、少なくとも連絡は入る筈であります」
「ふむ、日没までは現状維持でよいか?」
「はい。
 それに本当に非常事態であった場合……」
「事態の秘匿を優先すべき、か……」
 少々の面倒事で済むならば、それも良かろう。
 リッジウェイは火の着いていないパイプをくわえ、差し迫っていない書類仕事に手を着け始めた。
 こちらはこちらで、たいそうな面倒事なのである。
 だが新型艦『ロイヤル・ソブリン』の公試中に発生した面倒事は、リッジウェイらの想像し得ぬ方向に発展してしまった。
 翌日になってロサイスの空軍総司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎになり、王都ロンディニウムと国王が訪問中のトリステインに急使が派遣されることとなったのである。

 公試中に艦長より『特別な命令』が下った『ロイヤル・ソヴリン』以下数隻のアルビオン艦はロサイスから西へと進路を取り、公試を途中で切り上げて暗夜の中西部にあるダンスター伯爵領を目指し、静かに航行していた。
「針路上に以上なーし!」
「周囲に僚艦以外の艦影認めず!」
 急な命令変更は彼ら船乗りにとって驚くに値しない。
 乗組員の大半はその内容の意味を知らされず、新型艦であるが故の秘密命令だろうと任務に精励していた。
 ロサイスはアルビオン空軍最大の泊地であると同時に、アルビオン最大の船舶通行量を誇る港でもあったからだ。
「この『ロイヤル・ゾヴリン』にも国威の発揚や砲艦外交と云った任務も何れは与えられるのだろうが、今はまだその時ではない。
 わかるかね?」
「なるほど、謎の巨艦としておいた方が融通が利くこともあるのですね」
「うむ、その通りだ」
 艦橋ではそのような会話も聞かれたが、翌朝、ダンスター領の仮設港にてアルビオン空軍の青い軍旗が降ろされるまで、『ロイヤル・ソヴリン』の艦長他の特別な数名以外、この密命の真の意味を知る者はいなかった。
 乗組員すら気付かぬ間に、この巨艦はレコン・キスタの手中に収まっていたのだ。

「『ロイヤル・ソヴリン』、確かに受領いたしましたわ」
 服従を良しとせず手枷をつけられて艦を降りる頑固な士官や水兵たちを横目に、シェフィールドは目深に被ったフードの奥で笑みを浮かべた。説得にあたらせた面々が命なき傀儡人形であったと知れば、その数は数倍数十倍に膨れ上がってもおかしくなかったが、こちらも手慣れたものである。乱に乗じて同じ手を繰り返し、問題点は虱潰しにして洗練させてきたのだ。

 アルビオンへと渡って以来、彼女は本命の囮たる貴族乱の合間に度々ロサイスに赴いてこれはと思う艦長や士官を手に掛けては仮初めの命を与え、支配下に置いていた。実に地味な作業だったが彼女はそれを黙々とこなし、来るべき時に備えた。
 流石にアルビオン空軍も、比較的高い地位にあり、経験と見識に優れ忠誠心の高い者から調略されてきたとは考えてはいなかっただろう。シェフィールドより命令が下るまでは、普段通りの模範的なアルビオン空軍軍人として行動させていたから、不審な点を見出すことは不可能だった。
 生命に関わる魔法に詳しい水のメイジでも、傀儡人形を一見で看破することは不可能に近い。仕掛けを施す媒体は水の精霊と関係が深いアンドバリの指輪であり、体内の水の流れは生きた人と変わらないのだ。余程の時間と手間をかけて精査すれば発覚したかもしれないが、そこまでの要求は酷である。シェフィールドとその手の内にあるアンドバリの指輪の特殊性は、そのことを知らなければ気付けるものではない。

 指輪の使い方を教えたクロムウェルにも幾度か試させてはいるが、そろそろ本格的に指輪を預ける時期が来ていた。彼には今後、貴族連合レコン・キスタを率いる議長としてこのアルビオンを席巻して貰わねばならない。その求心力の拠り所の一つとなるのがこの指輪であった。
 シェフィールドはテューダー王家打倒後に、クロムウェルを虚無魔法の使い手として世に知らしめる予定であった。無論真っ赤な偽りだが、アルビオンの支配者となってしまえば疑いを持たれたところで確かめようもない。ロマリアの上層部には見破られるだろうが、遙か遠い南の端で生臭坊主どもが声高に嘘だと唱えたところで何ほどのこともなかった。荒れるのはアルビオンであって、ガリアは本物の虚無が国王として君臨する上、内実はともかくこちらの戦乱とは表向き無関係なのである。
 そしてアルビオンの戦乱は、それなりの確度で成功するようにし向け得られていた。何も方々に手を尽くしているのはシェフィールドだけではない。今もガリア本国では北花壇騎士などの裏で動く怪しげな連中が各地に派遣され、アルビオンだけでなくハルケギニア中で静かな工作を行っているはずだ。
 内乱の天秤も、なるべく楽にレコン・キスタに勝利が転がり込むように調整されている。北部および西部の諸侯を対象として徐々に調略が進んでいたが、諸侯はそれほど障害ではない。数隻の軍艦と数百人の兵士があれば、大抵の諸侯からは全面降伏を引き出せる。その後はレコン・キスタへと恭順を示して戦力として使えるなら良し、駄目でも当主処刑後に領地を搾取して捨て置けばよい。諸侯の数だけ手間は掛かるが、土地が荒れて国力がどれほど落ち込もうと、アルビオン人が何人命を落とそうと何ら問題がないシェフィールドにとり、そう悪い手ではなかった。
 だが王領と王軍、特に王立空軍は厄介だった。徐々に取り込んではいるが、こちらは規模も大きい上に内乱続きが徒となって警戒も厳しく、頂点がテューダー王家とあれば諸侯と同じ手は使えない。諸侯の吸収によるレコン・キスタの戦力増強を待ち、正面切って仕掛けることになるだろう。むしろこちらの息の掛かった内通者による情報操作で混乱に陥れる方が、後々を考えれば得策かも知れない。
 翻ってアルビオン国外では、アルビオンに頼られたとてゲルマニアはそもそも関係が薄く、ロマリアは遠すぎる上にテューダー王家にとって借りの作りたい相手ではない。仕掛け人たるガリアは援軍を出す振りだけをする予定であった。大国が足並み揃えて援軍を拒否すれば、その他の小国は倣うから工作すら必要がない。
 アルビオンと比較的関係が深いトリステインは、王女襲撃の件を影で煽って援軍を出し渋る方向に世論を傾ける予定だった。この国さえ押さえてしまえばレコン・キスタの内乱は成功したも同然と、他国よりも一層工作には力が入れられている。高等法院長などという大物さえ釣れている現状は、面白いを通り越して憐れみさえ覚えるほどだ。
 つまるところ。
 テューダー王家は本格的な内戦が始まる前から、あと数手で詰みの状態となっていたのである。

「ふふ、後は議長閣下が上手く演じてくれれば、来年には『王権』そのものも受領できるかしらね」
 本物の虚無の使い魔たる自分が偽りの虚無を用意することに、シェフィールドは皮肉と同時に面白みも覚えていた。
 武器弾薬に金銭、人員、そしてアンドバリの指輪。使い捨ての慰みにしては高い代価だが、それでご主人様が楽しめるのならば収支は釣り合うのだ。
 レコン・キスタにとても『忠実な』上官らの命令に従って恭順し、身分と給料を保障された水兵達がフネの手入れをする様子を見ながら、シェフィールドは再び口元を歪めた。




←PREV INDEX NEXT→