ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第二十四話「逆転劇の第一幕」




「物の準備は出来てるし、心の準備も出来てるんだけど、マリーとお別れするのはつらいわね……」
「きゅるけー、いいこ!」
「ええ、ありがとう、マリー。
 あなたもいい子だわ」
「あい!」
 感謝祭が無事に終わり余韻が残るその週の内に、キュルケはセルフィーユを後にする予定となっていた。……リシャールはまだ体中が痛かったが、それはさておき。
 もうトリステイン魔法学院の入学式までは一週間もなく、リシャールもカトレアも、マリーとともに彼女との別れを惜しんでいる。
 彼女は明日、感謝祭に合わせた臨時便になっている定期船『カドー・ジェネルー』にて、馬車や荷物とともに王都へと向かうのだ。時間の余裕も見込めて旅程も短く済むのは、『ドラゴン・デュ・テーレ』に荷物ごと彼女を乗せて魔法学院へと乗り付けることなのだろうが、王都周辺に定期船以外のセルフィーユ伯爵家のフネが現れたともなれば色々いらぬ憶測を呼ぶことになるので、この手は使えなくなっていた。
「入学式はヘイムダルの週の半ばだっけ?」
「そうよ。……リシャールも来る?」
「カトレアといっしょなら、考えなくもないけどね。
 あとは庁舎ごと領地が学院の側までついてくるなら完璧だよ」
 やれやれと肩をすくめ、入学祝いを二度送るのはどうかなあと、彼女の顔を見る。キュルケには去年、カトレアに頼んで彼女の実家から王都の老舗を紹介して貰い、細工の美しい文箱を贈っていた。流石に魚を持って行って、はいこれですというわけにもいかない。
 幸い今年はリシャールにも少し余裕があったので、品が重ならないようにと気を配り、クロードとルイズも含めた三人に銀地に細工模様も美しい名入りのレターナイフを用意しておいた。再来週ぐらいの、彼女たちが僅かに学園生活に慣れた頃、予告無く手元に届くように手配している。クロードへの品には、忙しくて約束通り遊びに行けないことを詫びる手紙も添えていた。
 勿論手製だが、本体はリシャール、鞘はカトレアの合作であった。彼女も同じ土メイジだが、器用さと繊細さはリシャールを大きく上回る。リシャールが模様をつけるのに型がねや工具を幾つも作って四苦八苦していたのに対し、カトレアは鞘の本体こそ皮職人に注文したが、そこに金糸銀糸を刺繍のように魔法で溶かし込んで見事に飾り文字や模様を浮き上がらせていった。コツは細かに魔力を通すことよと軽く言う彼女に、リシャールは降参した。
「わたしもね、学院の訪問は楽しみにしてたのよ。
 ルイズにも直接会って、お祝いを言ってあげたかったわ」
「カトレアの妹にも早く会ってみたいわね。
 うふふ、たのしみだわ」
「ええ、とてもまっすぐでいい娘なのよ」
 喧嘩にならないようにと祈りたいところだが、感謝祭でのカリーヌとキュルケのようにマリーが間に立てるわけはないから、寄宿制の学校という特殊な環境とオスマン学院長の努力に期待するしかない。
「でもホント、あたしのいるうちに、一度くらいは遊びに来て欲しいわね」
「いつ行けるのかしら……」
「……不甲斐ない夫でごめんよ」
 彼女たちにはまだ、陞爵も独立してしまうことも告げていない。宰相にされては困るので、自分もカトレアも王都近辺に近付けないということだけ話してあった。

 翌朝、空港まで出向いて一家総出でキュルケの出立を見送ると、リシャールは半休を宣言してカトレアと話をすることにした。同行のフェリシテにマリーを預けて一足先に城へと帰らせ、自分はカトレアを連れて庁舎に入る。
「それで、どうしたのかしら?
 お父様が何か仰っていたの?」
「それがね、ちょっととんでもないことになりそうなんだよ」
「……キュルケには聞かせられないお話だったのかしら?」
 わざわざマリーまで外してのことだから、彼女も不審に思ったのだろう。それでも愛娘には、両親が複雑そうな顔で会話しているところを見せたくはない。
「うん、あー、……来週あたり、僕の侯爵への陞爵が発表されるんだって」
「……え?」
 カトレアも流石に驚いているのだろうが、リシャールもまだ心の整理が着いているわけではなかった。
「おかげで今すぐの宰相就任云々はなくなりそうで、それはまあいいんだけど……いや、よくもないけど、その後しばらくして、セルフィーユ侯爵領はセルフィーユ侯国になっちゃうんだ。
 アンリエッタ様が即位されたらトリステインに戻されるけど、四、五年は独立を保たなくちゃいけない」
 裏事情は横に置くかと、リシャールはかなり簡潔にまとめてみせた。あれは自分がなんとかしなければならないもの、彼女に余計な心配をさせたくないと言う見栄もある。
 カトレアはもちろん真剣に聞き入っていたが、小さく微笑んで立ち上がり、マリーのようにリシャールの膝を椅子にした。
「よいしょっ」
「カトレア!?」
 受け止めてから、しばらくは昼間に二人きりで過ごすこともなかったなと気づき、そっと抱きしめる。決してマリーや、そしてキュルケがお邪魔虫だとは思わないが、夫婦の時間も大切なものの一つだ。
「……えーっと、とにかく、あなたは宰相にならなくて、うちが侯爵家になって、トリステインから独立して、またトリステインに戻るのね?」
「うん、そうだ……ね」
「じゃあ、いいんじゃないかしら」
 身体を預けたまま、カトレアは首だけをこちらに向けた。
 身長を追い越したはいいが、その後大して伸びなかったリシャールの上に彼女が座ると、どうしても見下ろす形になる。
「本当に危険で取り返しのつかないことだったら、お父様も母様も、感謝祭の一日をあんなに羽を伸ばした様子で過ごしていらっしゃらなかったと思うの」
「それもそうか……」
 カトレアの言葉に、なるほど、悪いことばかりではないなと頷く。
 リシャールが忙しく飛び回っているのはいつものことで、この一件で宰相就任は寸刻を争う事態ではなくなりそうだし、期間限定でも一国の主になれるなど名誉なことには違いない。大きな面倒事も身の危険も少しばかり遠ざかったのだと思えば、楽観は出来なくとも一息はつける。
「先に知らせがあっただけ、よかったのかしら?」
「かもしれないね」
 見抜かれてるなあと思いながら、リシャールは自分の手に重ねられていた妻の手を取った。
「いつも巻き込まれてばかりだから、一度ぐらいは僕も誰かを巻き込んでみようかな……」
「あら楽しそう。みんな喜ぶと思うわよ?」
 政治的な意味をも含めていたのだが、カトレアは軽くあしらってみせた。ぎゅっと手を握り返される。気の持ちよう一つだなと、リシャールは目を閉じた。
 確かに、人を巻き込むという行為の全てが、悪事やはかりごとであるわけではない。
 それに、皆が喜ぶような何かを自分が主導できるなら、実に誇らしいことだった。

 アーシャでカトレアを城に送った後、リシャールは半休ついでに領内をぐるりと空から回ることにした。感謝祭でも回っていたが、考え事をするには丁度いい。
「リシャール、元気ない?」
「うん、まあね……」
 知らせを聞いて数日、ようやく実感が湧いてきたところである。
 近日中に迫った陞爵はどうしようもないとして、再併合が前提の独立、これがやはり問題だなとリシャールは見ていた。義父の話では大体の筋書きも横槍への対処も固まっているようだが、予想外の事態が起きぬとも限らない。
 アンリエッタや義父が心変わりするとは思わないが、リシャールも自国の安泰は家族のため領地のためと思えばこそ、気乗りのしない中央への進出に乗っているのだ。それこそ大きな戦争や天変地異でもあれば根底から覆りかねないし、志半ばでアンリエッタやリシャールが倒れることも、陰謀による暗殺ばかりとは限らない。事故や病気は、誰の元にも平等に訪れる。
 独立しても、トリステインの庇護下にある限り、つまりは予定通りならいい。
 義父も口にしていたが、後ろ盾のない小国など火竜の前に飛び出た子鹿も同然である。ラ・ヴァリエール家も含めてトリステインが『それどころではない』状態になったとき、後ろ盾の機能しなくなったセルフィーユ侯国が帝政ゲルマニアの皇帝直轄領になる可能性は極めて高かった。リシャールはそのまま侯爵としてゲルマニアに迎え入れられるが、領地は取り上げられて家格相応の年金を捨て扶持のように与えられ、ほとぼりが冷めて誰も注目しなくなった頃に難癖をつけられて取り潰される……。一番はじめに潰された家の名を取って俗にヴァルトブルク方式と呼ばれているこの強引な政治手法は、現ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世が対外政策だけでなく、自身の競争者などにも好んで用いた事でも知られていた。そうなる前に自分から行方不明にでもなった方がいいかなと、脅しの入った義父の講釈を聞き入っていたリシャールである。
 もう一つ、再併合でトリステインに戻る時も要注意だ。今は後回しにしているが、時期が来たときのことを考えればそちらも憂鬱な気分になる。棚上げしている問題が逆方向に再燃しないとも限らないし、アンリエッタ女王の権限がそこまで強くなっていないことも考えられた。
 それに上手く行けば行ったで、今度こそ本物の宰相に祭り上げられたとて文句は言えない。陞爵、独立、再併合という筋道は、その為に立てられているのである。ならばいっそ、独立したままのらりくらりとやりすごそう……といきたいところだが、当然、宙ぶらりとなったセルフィーユを見逃すまいとゲルマニアが手ぐすね引いて待っているはずで、上手い道はみな塞がれていた。
 こりゃあ本当に詰みかなと、リシャールは頭を掻いた。自分の苦手な外交と言うよりも、これはそれ以上に門外漢となる陰謀の類である。
 以前、アンリエッタより不思議そうに聞かれたこともあったが、そういうものではないのだ。
『あら、リシャールは商売も得意でしょう?
 ……実は、交渉も得意ではないの?』
『いえ、あれは対等かそれ以下の条件を先に作って、その上で相手にまともな取引を持ちかけることで、下手な動きが出来ぬよう封殺して成立させているのです。先手を取られれば、五分以下の勝率かもしれません。
 それに財貨の損は他からの利益で確実に補いがつきますし、評価も非常にわかりやすいのです。同じ財貨ですからね。
 外交は……商売に例えれば案件と案件の物々交換かなと思ったりもしますが、私にはその場とその後の損得の判断がつかないのです……』
 こちらの要望を飲ませたからとそれが必ず利益になるとは限らないし、百年経って評価が逆転することすらあった。それが恐いからと言うわけではないが、リシャールには裏の裏が読めない不安がどうにも性に合わないのだ。王政府での仕事を金勘定や産業振興に限定したいと願っているのは、そのあたりも関係していた。
 自分から仕掛けるとすれば、やはり再併合時に宰相就任は拒否をして、財務関係の役職か、経済振興策を主導できる役職を与えて貰うように仕向けることが一番のようである。……五年ほど掛けて、アンリエッタらを満足させるようなトリステインの経済力増強策でも用意しておくかと、リシャールは大きなため息をついた。この期に及んでも、やはり宰相にはなりたくないことには変わりない。
「リシャール、もう一周する?」
「ありがとう、今日はいいや。
 考えごとしてたらお腹が空いてきたよ」
「アーシャも何か食べたい。……帰ろう」
「うん」
 特に指示がなかったせいか、アーシャはもちろん、ラマディエの街ではなく豚を飼っている一番近い農場を目指した。

 開けて翌週、そろそろキュルケも魔法学院で入学式を待っている頃かなと、庁舎でマルグリットと今年の麦の出来映えを見積もっている時だった。
「支所の報告を見る限り、昨年よりは実り豊かと見ていいかもしれませんわ」
「備蓄に回す量はもちろん増やすとして、堅焼きパンも売りに出せそうですね」
「失礼いたします、領主様」
 大部屋で仕事をしている筈のフレンツヒェンが、大股で執務室に乗り込んできた。
「街の方が少し騒ぎになっております」
「……兵士が必要なほどですか?」
「いえ、そこまでは。
 ですが内容は聞き逃せないものでありました。
 何でもこのセルフィーユが侯爵領になるとか何とか……」
「まことですか、フレンツヒェン殿!?」
 マルグリットが驚いて立ち上がり、書類が幾枚か床に落ちる。
 フレンツヒェンは足下に落ちてきた数枚を拾うと、リシャールに視線を向けた。
 ああ、いよいよ始まったかと、リシャールは嘆息一つでそれを押しとどめた。
「……ご承知であられましたか」
「王宮から直接知らせが来る方が早い、とは思っていたんですけどね……」
 大して驚いた様子もないリシャールを見て、フレンツヒェンとマルグリットも気付いたらしい。
「露天市場にいた旅商人が口々に触れ回っていると、報告が入っております。
 定期便の出航は明後日ですし、次の王都の往復便は来週出発ですから、丁度隙間になっておったようです」
「……リシャール様は、侯爵様となられるのですか?」
「正式な発表までは、僕からは何も言えないところですが……。
 おそらく、夏までには、いや、それ以降も色々面倒事が起きます。
 主に僕個人が……というあたりで、領地に起きる騒動は最低限になるとは思いますが、必要なときに領地にいないこともあり得る、とは心得ておいて下さい。
 ああ、それから、噂話の方は放置でいいでしょう。
 根ほり葉ほり聞かれるようなら、僕は何も言っていないと返しておいて下さい」
 宰相就任云々についても、庁舎では本決まりまでは仕事に関わらないとあまり聞かれることはなかったし、今も二人は畏まりましたと頷いただけで、それ以上は踏み込んでこなかった。領地でも耳にするのは、領主様がご出世するらしい、大したものだというような他愛のない噂話ばかりで、王都のように宮廷内の勢力図や税がどうなるかと言った内容はやはり聞こえない。
 これは王都が王政府の影響を直接受けるのに対し、諸侯領の支配は領主が行うもので、国同士の大きな戦争でも無いかぎり、王様が変わろうが宰相が交代しようが、基本的に領民の生活が変わらないことの現れだった。王様が立派なら民は嬉しいし、隣の領地の領主様が悪逆非道なら恐いと思う。飛び火して来ない限りはその程度、対岸の火事で済んでしまう。
 さあしかし、王太女殿下主導の逆転劇、その第一幕は、これで本格的に始まったようである。
 ここから独立までは気を抜けないぞと、リシャールはかぶりを振った。

 更に数日して、リシャールの元にトリスタニアから使者がやってきた。朝のこの時間ということは、竜篭で一晩かけてトリスタニアから飛んできたらしい。
「ここでお受けしてもいいのですか?」
「いえ、居城でお受けになる方がお宜しいかと存じます」
 庁舎の執務室で政務の途中であったが先触れとしてやってきた従者と幾らかやり取りをして、やって来たのが王政府の使者ではなく王宮の勅使であることを聞かされたリシャールは、慌てて城に戻ると急いで着替えてカトレア共々到着を待った。多少は準備の時間を見込んで貰えるようで、城の方でも全ての業務に中止を命じて勅使を迎える準備をさせる。
「王宮勅使ジュール・ド・モット伯爵閣下、ご到着!」
 ぎりぎりで間に合ったメイドや従者が居並ぶ玄関ホールが衛兵の手によって開かれ、中年の貴族が姿を現した。手に小箱を持った小者を従えている。
 作法通りに礼と名を交わし、リシャールはカトレアと共に跪いた。一拍置いて、その場にいた全員がそれに倣う。当たり前だが任務中の勅使は王と同一視される存在、単なる来客ではない。
「臣ジュール・ド・モット、勅使の御役にて、アンリエッタ・ド・トリステイン王太女殿下よりの勅書を代読いたす。
 臣の言葉は王太女殿下の御言葉と心得られよ」
「臣リシャール・ド・セルフィーユ、謹んで拝聴いたします」
 モット勅使は巻物になっていた小箱の中身を受け取ると、封を解いた。
「うむ。

 『伯爵リシャール・ド・セルフィーユ、我は汝の忠義と精励を賞し、新たに侯爵の位を授与す。
 来るニューイの月フレイヤの週ユルの曜日、我の元に参ぜよ。
 アンリエッタ・ド・トリステイン、記す』

 ……以上である」
 朗々と読み上げたモット勅使に、改めて首を垂れる。
「臣リシャール・ド・セルフィーユ、謹んで拝命いたします」
「うむ、勅書をお授けする。……立たれよ」
「大役、お疲れさまでございました」
 勅書は再び小箱に納められ、リシャールに手渡された。
 儀式は終わりと改めて名乗り、役目を労って応接室へと案内する。
 勅書の読み上げだけが勅使の仕事ではない。実務に属する書類の受け渡しやその他の細かな連絡なども、職掌の範囲である。必要な事項の確認を終えて、ようやく終わりとなるのだ。
「遠路大変でありましたでしょう、本当にお疲れさまです」
「これも誇りあるお役目の一つ、お気になさることではない」
 全てを終えたモット勅使が帰路につく頃には、昼を過ぎていた。休憩と一泊を勧めたが、明日の朝には勅使としての新たな任務があるらしい。王宮の勅使とは言え、諸侯に仕える使者専属の従者と忙しさは変わらないのだなと、リシャールは少しばかり同情を込めて見送った。
「こうしてきちんと手続きを踏んで陞爵するのは、初めてだな……」
 男爵叙爵の時は手続きの殆どが祖父任せ、子爵の時は結婚のどさくさで王宮の応接室、伯爵の時は逮捕拘禁から一転しての釈放直後と、およそまともではない道のりだった。また裏事情があるからとこそこそとする必要もなかろうが、正しいからと両手離しで喜べる状況ではない。
 しかし再来月の頭とは、陞爵への準備にしては長いような気もするが、工作の期間としてはかなり短いようだ。その後の独立の発表とも併せて考えれば、微妙かも知れない。
 勅使が帰ったのを見届けて、カトレアもずいぶんとほっとした様子である。だが彼女を気遣うと、予想外の返事が返ってきた。
「リシャールは知らなかった?
 モット勅使は好色で有名な伯爵様なの。
 エレオノール姉さまに聞いた話だと平民でもお構いなし……いえ、そちらの方が酷いのですって。
 わたしはともかく……お茶の用意に来たジネットやナタリーはちょっと危ないかしらと思って、少し緊張していたの」
「……なるほどね。
 でも、どうしてカトレアは大丈夫なんだい?」
「旦那様もマリーもいるもの。……ねえ、マリー?」
「かあさま?」
「……ああ、そういうことか」
 既婚者にして子持ち。
 わざわざ応接室にマリーを連れてきて挨拶をさせたのは、そういう意味も込められていたのかと、リシャールは納得した。色目の向く方向が生娘限定なら、いくら美人でも確かにカトレアは対象外となる。
「まあ、何事もなかったし、よかったよ」
「もしもジネットたちが危ないようなら、『ええ、美人でしょう? 夫のお手つきですもの』って恐い顔をするつもりで、ずっと身構えてたのよ」
「……彼女たちを庇うのはもちろんなんだけど、カリーヌ様の前でそんな事態になったら、モット勅使の首より先に僕の首が飛びそうだなあ」
「とーさま、くびー?」
「……あー、うん、くび。ここだよー」
 勅使が度々セルフィーユにやって来ることもないだろう。
 知らぬ間にリシャールの元を訪れた危機は、気付かぬうちに去ったようであった。




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