ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第十三話「焦燥と空転」




 城を辞して別邸に戻ったリシャールは、再び『アルビオン艦隊、叛乱軍に敗退』の報を受け取っていた。あちらで先に聞かされていたので改めて驚きはしないが、別邸専任の執事より手渡されたものに少々眉根を寄せる。
「……これは?」
「はい、トリスタニア市中にて配られていたそうです」
 休憩に出ていた王都別邸組のメイドが受け取ってきたという号外を、リシャールは複雑な表情で読み飛ばしていった。

 『アルビオン王立空軍、貴族連合レコン・キスタに敗退』
 『本国艦隊所属の戦列艦四隻轟沈、その他被害多数』
 『同日、レコン・キスタ盟主オリバー・クロムウェル議長、テューダー王家打倒と聖地の奪還を宣言』
 『治世の乱れは始祖の怒り王に王たる資格なしと、王家を激しく糾弾』

 セルフィーユにはなくともここトリスタニアには新聞社があり、王都商館から報告書と共に数日遅れで届く新聞をセルフィーユの庁舎で読むこともあった。内容は薄いし日刊でもないが、社説なども含め新聞の骨子は既に備えている。
 だがこの号外、噂話が伝わって書かれたと言うには内容が具体的に過ぎるし、発行そのものが早すぎた。王宮にその報告が届いたのさえ、つい先ほどなのだ。もちろん、ラ・ロシェール派遣組からの連絡はまだない。
「なんだろうな、この号外の違和感というか何というか、いや、既視感か……?」
 どうにもおかしいと、リシャールは首を捻った。
 小見出しの煽り文句はスポーツ新聞や週刊誌と大して変わらないなと思いながら、記事を追う。
 ……いや、むしろスポーツ新聞と『変わらない』ことこそが、おかしいのではないだろうか?
 注意深く記事を読み返せば、レコン・キスタ寄りの提灯記事とも取れる書き方で論じられ、あるいは脚色されている。それに、『叛乱』『叛乱軍』と言った単語も使われていない。
 しかしそれらがきっかけとなって、これまでの叛乱とは明らかに違う無視し得ない点にリシャールは気付いてしまった。過去、現代日本で似たような手法について学び、実践していたから間違いようもない。
「そういうことか!」
「旦那様!?」
「ん!?
 ああ、いや、ごめん……」
 リシャールは、この号外を売り手をレコン・キスタ、買い手をハルケギニア全土とした広告による宣伝行為であると決めつけた。
 号外の見出しをリシャールの知る用語に置き換えて考えれば、新規出店の広告を打つ場合に近いだろうか。新しい店舗をレコン・キスタとして、折り込みチラシを入れる商圏地域がハルケギニア各国、王立空軍の被害が特売品で、その主張は店舗の特性を表している……。
 意見の誘導による情報操作まで取り入れている点など、正にマーケティング戦略のうちのコミュニケーション戦略、その初歩的なものと言えた。手法としては確立されておらずとも、味方に都合良く、または敵に都合の悪い噂をばらまくという意味では、誰かが思いついてもおかしくはない。醜聞たっぷりに噂話を煽ることは貴族社交界では定番のやり口であり、今回の場合は相手が市井にまで広げられて媒体が近代的になっただけの話かなと、リシャールは一人頷いた。
「となると、これは本気かな……?」
 これまでに起きたものと同じ様な単なる地方乱と片付けていいものかどうか、難しいところであった。対岸の火事にしては数段きな臭い気もするが、つい先ほどアンリエッタへと語ったように、アルビオンが本気を出せばすぐ下火になるようにも思える。正直、そうそう連敗が続くとも考えにくい。
 レコン・キスタとやらの目的は今ひとつ不明瞭だが、テューダー王家の打倒が堂々と掲げられているから、今のところ短期的にはレコン・キスタの存在そのものの喧伝とアルビオン王国に対する揺さぶり、中長期ではアルビオン全土の支配としておくあたりが妥当なところか。一番迷惑な未来予想は、アルビオンを平らげた後に看板を書き直してトリステインへと手を伸ばされることである。
 裏の裏は……あるのかもしれないが、リシャールには正直わからない。以前の叛乱ではカレドニア盟約という、やはりテューダー王家に不満を持つ貴族の集まりが中核となっていたと聞いているが、これはどうなのだろう。
 だが、もしも両者に関係があるとすれば、これらアルビオンの叛乱は段階を踏んで進歩を遂げていると結論づけられてしまう。立て続けに乱を起こすことで国の疲弊を誘い、徐々に力をつけていたならば……。
 それにトリスタニアでの号外発行が恐ろしく早いことについては、叛乱軍と新聞社が裏で繋がっていれば、予め連絡手段を用意しておくことで解決出来るだろう。アルビオン空軍が敗北の一報が入って即時公表を行ったとも考えにくいから、この時差も味方する筈だ。
 リシャールとしては、是非この号外が配られるまでの経緯を裏事情とともに知りたいところであった。
「それにしてもレコン・キスタ、か……」
 薄れつつある世界史の授業の記憶では、レコン・キスタ……いや、レコンキスタは、スペインの方で起きた国土回復運動のことだったような気がする。なるほど聖地の回復というわけか、いやそちらは十字軍だっただろうかと、世界史にそれほど思い入れもなく成績も平凡だった過去を掘り返すが、単語に聞き覚えはあってもその内容や関連語句はすっかり忘れていた。
 オリバー・クロムウェルという名も同じく習ったような気がするが、正直よく憶えていない。どちらにせよ、今この場ではあまり役に立たない知識である。名が似ているからと、中身まで似ているわけがなかった。
 しかし、どうしたものだろう。
 少しぬるくなった茶杯で喉を潤したリシャールは、目を閉じて思考を巡らせてみた。

 もしかせずとも、麦や鉄の心配どころではなくなったかもしれない。
 叛乱を煽る気はないしそこまで人間は堕ちていないつもりだが、アルビオンの乱のおかげでマスケット銃が売れて家が回っているセルフィーユである。
 リシャールとセルフィーユの旗印の向きは、非常に明確であった。第一、考え得る限り最良に近いこの買い手が倒れては色々と新たな苦労を背負いそうであり、寝覚めも数段悪くなる。領内に在外公館まで抱えている上にウェールズとの個人的な親交さえあるのだから、親アルビオンと口に出して憚ることはない。幸いにして、トリステインも王太女の後見人にジェームズ王を据えるほど近しい関係を結んでいるから、陰口はともかく真正面から糾弾される心配はなかった。
 アルビオンが連戦連勝で起こる叛乱を全て鎮圧し、平穏を取り戻してくれれば一番よいのだが、リシャールの不安が的中した場合は更に続けて叛乱が起きる可能性もある。
 また、注意を喚起したからと叛乱が起きなくなるわけもなく、さらには注進そのものが内政干渉になってしまう可能性もあり、こちらも取り扱いが難しい。しかしよからぬ方向に物事が進むのを見て見ぬ振りをしているのもまた、信義に欠ける上にセルフィーユの利益と相反する。どちらに動こうとも、少し間違えると比喩的な表現ではなくリシャールの首が締まる可能性があった。

 しばらく考え込んでいたが、下手に考えを巡らせて自縄自縛に陥るよりはいいかと、リシャールは義父公爵に再度相談をすることに決めた。
「……今日はもう寝ることにします。
 明日は朝一番にラ・ヴァリエールへと飛んでそのまま領地に帰りますから、あとはいつものように頼みます」
「かしこまりました、旦那様」
 ここ数日、働きすぎている。あちこちに移動しては頭を全力で回転させてきたので、本当に疲れていた。明日は市場の様子を一通り見てから王都を出立するか迷うところだが、そちらはアルトワの方でも気を配っているだろうし出来ることもない。ある意味、事態はリシャールの手を離れている。
 義父については……ここ一番で頼りにしすぎているなと自分でも思うが、不甲斐ないと怒られるだけで済むならそれでいいのだ。

 明けて翌日、僅かに四日を空けてのラ・ヴァリエール再訪であった。
 先日と同じく執務室へと通されると、義父は書類に埋もれている。自領の何倍も広く人口も多いラ・ヴァリエールならば、さぞや事務仕事も多いだろうと想像がつけられた。
「お主も忙しいことだな。
 アルトワ伯はもう帰ったが……王都はどうであったか?」
「それが、少々困ったことになりまして……」
 挨拶もそこそこに、王城でのやりとりや新たな任務に加えて、アルビオンの叛乱についての新しい情報とそれについて考えていたことの一切合切を話す。アンリエッタからの『わたくしからのお願い』については……これはこれで経緯について義父に言いたいこともあるのだが、ひとまず横に置いておく。
「ふむ、討伐艦隊敗北の一報は今朝方聞いたが……なるほどな。
 ああ、麦の方は心配せんでよいぞ。元より鎮圧、膠着、敗北の三通りについて話をつけてある」
 急ぎなのか、義父は書類にサインを入れながらの会話である。
「杞憂で済めばいいのですが……」
「まあ、不安と焦燥に駆られてあれこれと動く前にここに来たことは、褒めておこうか」
 にやりと笑った公爵は、手を止めて号外を指でぴんと弾いた。
「しかし……叛乱に伝単とは、嫌なことを思い出させる。
 お主の生まれる前の話だが、エスターシュ大公の名は知っておるか?」
「いいえ。
 ……公爵様、もしかして似たような経緯があったのですか?」
 リシャールの考えていた様子と少し異なりはするが、似たような手は昔から使われていたようである。目の付け所は、今も昔も元の世界も変わらないのだろう。
「うむ。
 もう二十数年ほども昔になろうか、当時トリステインの国家宰相だったエスターシュは国に尽くす振りをする裏で、王都に陰謀の数々を巡らせていたのだ。
 そのうちの一つで色々あって……似たようなものが使われてな、世論に押されて危うく魔法衛士隊は解散、カリン……カリーヌは王都の中央広場で火刑にされる一歩手前と相成った」
「えっ!?」
 いまはトリステインの武の誉れとして名高い王宮の魔法衛士隊にも、やはり苦難の時代があったらしい。
 それにしても、カリーヌ夫人を火炙りにしようとは……。
「結局はアンリエッタ殿下の祖父にあたられる、当時の国王フィリップ三世陛下のお出ましでなんとか事なきを得たのだが……まあ、それはいい」
 ふんと吐かれた苦い息と共に、号外が机の上に投げ出される。
「リシャールよ、この種の手練手管を使う相手は厄介だぞ。
 この件でもな、おそらくは陰謀のおこぼれであろうが、一度は嘆願が通ってエスターシュは死罪を免れている。
 その後彼は小さな領地に押し込められたが、今度は本格的な武力による叛乱が起きた。
 ……この手の輩はな、完全に息の根を止めねば安心ならんのだ」
「……」
「この件、今はまだ動くな。人も使うなよ?
 無論、口外も罷りならん」
 おやと、リシャールは首を傾げた。
 義父ならば、それこそこの手の手練手管とやらをを上手く使って事を納めそうだが、それは正解ではないらしい。
「お主が言ったように、アルビオンが無事に乱を治め続ければそれでよし、こちらが心配をする必要はなくなる」
「はい」
「逆に王国側の負けが続くようならば、下手に騒ぐのは結果として叛乱側を利することになろうな。
 トリステインの世論にさえ手を出そうとしている輩だ、その盛り上げに手を貸すのは愚の骨頂だろう?」
「ええ、アルビオンを支持しようと支持しまいと、騒げばそれだけ世論が盛り上がってしまいますね」
 論争は相手が居てこそ成り立つが、ディベート合戦とは言わないまでも、似たような状況を作られては相手が悪目立ちしてしまう。他国にて号外を出すほど名を売りたいレコン・キスタに、わざわざお立ち台を用意することはなかった。
「そうだ、何もこちらから新しい話題を提供してやることも、思惑に乗せられてやることもない。
 ああ、内密に連絡を取って注意を喚起するのも無意味に近いぞ。アルビオンとて、新たな乱への警戒を怠っているわけでもなかろうし。
 もしも動くのならば第二報以降、それもアルビオン側が本格的に劣勢となった場合のみとした方がよいだろうが……それもままならぬやもしれんな」
「えっ!?」
「……お主も先ほど口にしたではないか、トリステインには金がない、と」
 新しい書類束に手を伸ばした公爵は、再び羽根ペンを手にした。
「つまりは手の出しようがないも同然なのだ。
 ……艦隊をアルビオンへと出撃させ、向こうで一戦交えてくるぐらいは出来るだろう。だが続く補給や整備を考えればその一戦が限度、後が続かぬ。
 軍艦を動かせば簡単に大金が飛んでいくことなど、お主の方が詳しかろう?
 そもそも我が国の空海軍が一戦して決着するような状況ならば、アルビオン王立空軍がそれを為せぬ筈がない。
 同じ理由で、王軍の連隊を動員することもまず不可能であろうよ。
 陸の方は募兵と物資の調達から始めねばならぬから、先に金の用意が出来なくては話にならん。
 無論、国に金がないからと諸侯軍のみを召集して戦地に送るなど愚の骨頂、王軍が出せぬので代わりに行けと言われてどこの諸侯が納得するものか」
 全く以てその通りだった。
 リシャール一人が焦燥感に駆られてやきもきしたところで、義父の指摘通りトリステインは動ける状態にない。
 そもそも他国の内乱では介入の名分もなく、アルビオン王国より正式な要請でもない限りトリステインの軍隊が参戦することは不可能である。
 何よりも、叛乱が成功するとは決まっていないのだ。
 少し心配な要素が重なって過敏になっていただけかもしれないと、一つだけ深呼吸をして、リシャールは気持ちを切り替えた。
「しかし、リシャールよ」
「はい?」
「……このレコン・キスタなる輩は聖地の奪還も掲げておるが、エルフに本気で喧嘩を売るつもりなのかどうか、案外そこが争点になるやもしれんな」
「どういうことでしょうか?」
 リシャールも始祖ブリミルに縁のある『聖地』と呼ばれる場所が東の方に存在し、そこは現在エルフの支配下にあって行き来できない、ということぐらいは知っていた。だがどのような場所で何があるのかまでは知らないし、これまで興味が沸いたこともない。同じ東のことならば、たまに流れてくる珍品奇品の方が一大事であった。
「客寄せに聖地の奪還を謳っておるのならば無視してよいが、万が一レコン・キスタがアルビオンを掌握したとしてだ、あ奴らが聖地へと向かうにはトリステインを通らねばなるまい?
 ふん、そんな理由で戦争をふっかけられてはたまらぬわ」
 半ば冗談なのだろう、義父は大仰に肩をすくめてみせた。

 なんだか空回りしたような気分で領地へと帰ったリシャールだったが、しばらくは庁舎で缶詰となり、外遊の間に蓄積された書類仕事に追われていた。
 追い打ちをかけるように王都からは『カドー・ジェネルー』の往復に合わせてマザリーニやアンリエッタの手による幾つもの改革案とやらが届き、領内からは細々とした陳情が沸いて出るから、帰城後ひと月ほどはマルグリットの配下から二人を選び、執務室付きの秘書役としていたぐらいである。
 また、王都から届く素案の検証は、予想以上に手間のかかるものだった。
 マザリーニの手によるものは内容が濃く、検討や反証、補足に時間を取られ、アンリエッタの方はまるで通信教育の如く前回分の素案に対して答えや意見を求められたのである。
 他にも、気に掛けていた麦や鉄の相場は依然として高い傾向にあったが、アルビオンの戦況に連動して少し落ち着いた様子だった。まだ大鉈を振るう時期ではないらしく、アルトワは大きな動きを見せていない。
 アルビオンの方も安定したとは言い難かった。
 合間に届いた報告によれば、アルビオン艦隊敗北の原因は、少数の敵を発見し、以前の叛乱で行われた焼き討ちと自爆を警戒してフネ同士の距離を取っていたところに整然と単縦陣を組んで突っ込んできた練度の高い敵に奇襲されてしまったせいだという。囮に引っかけられたところに相手の数が多かったことも災いし、再集合も出来ぬ間に各個撃破されたそうだ。
 その後の続報は静かなもので、『タモシャンター』号も無事に交易品と商人を山積みにしてセルフィーユを訪れていた。
 聞けばアルビオン西部は今も王立空軍の作戦が続いていて国内では緊張が保たれているものの、ロンディニウムとロサイスは軍艦がいつもより多く出入りしている程度で平穏無事、空賊もなりを潜めているという。一進一退の攻防などはなく、レコン・キスタの軍艦に攻め込まれ降伏した領地はあっても、いざ駆けつけてみればもぬけの殻で、領主様がいなくなったと領民が右往左往しているような場面が殆どであったらしい。
 前回同様、王政府納入分のマスケット銃と油漬けの壷、そしてこちらに常駐していたダータルネス商人がかき集めてきたゲルマニア製の銃砲で船腹を埋めて、『タモシャンター』号はアルビオンへと戻っていった。
 ここしばらくで唯一の良い出来事は、愛娘マリーが片言ながら喋り始めたぐらいであろうか。
「とーさ、あ?」
「うんうん、上手いなあ」
「ええ、お父様よ」
「かーさま!」
「はあい、マリー?」
 実に感慨深いと、リシャールは娘を見つめた。
 自分の覚えではアルトワのクロード兄妹や、日本で生きていた頃にいた姪っ子ぐらいしか記憶にないが、乳母達の話ではここからあっと言う間に赤ん坊から子供になるらしい。
 産児休暇を半ば無理矢理の取らせたヴァレリーも、大きくなってきたお腹をさすりながらその通りですわと頷いていた。彼女は仕事から外したものの、贈られた新居よりはこちらの方が何かあったときに行き届くだろうと、部屋住まいのまま世話係の乳母とメイドがつけられている。
「あー、とーさ?」
「何でもないよ、マリー」
 リシャールが領内領外を忙しく飛び回っているうちに、離乳食も始まっていた。
 無事に一歳の誕生日も祝ったが、ますますカトレアに似てきたマリーである。
 少し仕事から離れて家族とのんびり過ごしたいとは思うものの、先延ばしに出来ない問題に囲まれて、食後の僅かな楽しみとしてしかその時間が許されていないリシャールであった。

「それで……結局こうなってしまうわけか」
「きゅい?」
 年が明ける前にもう一度登城して欲しいとの要請には答えざるを得ないと判断し、リシャールはその年最後の月の頭、単身王都へと向かった。週に一度の通信教育は、やはり聞く方も答える方もやり取りが煩雑過ぎたのである。とんぼ帰りになってしまうし年始にはまた園遊会があるからと、妻子は領地に残していた。
 王都と領地の往復にも慣れたものだが、出張を命ぜられて新幹線や飛行機であちこちを飛び回るサラリーマンのようでもあり、世界が違っても宮仕えの忙しさは変わらないものらしいと苦笑せざるを得ない。
 別邸に降り立つと王宮に使者を立て、返事を待つのもいつも通りだ。
 丁度ラ・ロシェールからの報告書を運んできた従者が王都に泊まっていたので、返事を待つ間に話を聞くことにする。市場の調査もさせているので報告書は至急でない限りまず王都に届き、その後は『カドー・ジェネルー』に託されてセルフィーユへと送られることになっていた。
「向こうはどうでした?」
「はい、詳しいことはこちらに。
 最近の動向ですが、ロサイス行きのフネが減って、代わりにスカボロー行きのフネが増えてきました」
「ほう?」
 スカボローはアルビオン東部にあるロサイス、ダータルネスに次ぐアルビオン第三の港で、ラ・ロシェールからでは少し距離がある上に規模も少々小さい。
 軍港でもあるロサイスは艦隊が常駐しているので一見安全に思えるが、同時に戦場となる可能性も高かった。臨戦態勢にある軍艦や軍港に近づきたいと思う商船船長や船主などは少なかろうが、ロサイスは軍需物資の一大消費地でもある。危険を承知で利益や時間を求めるか、あるいは風石の消費が多くなっても安全策を取って迂回するか、そのあたりは各々の状況にも因るのだろう。
「叛乱軍が雲隠れしてしまったままで、どこの船主も警戒しているようです。
 アルビオン空軍は方々にフネを出して捜索しているようですが……」
 渡された報告書を見れば、ラ・ロシェール近隣に於ける各国空海軍の大凡の動向と、扱いの増えた品減った品の一覧が並んでいた。ガリアの軍艦がラ・ロシェールにも出向いてきているのは驚きだが、報告書にはガリアとトリステインを結ぶ航路をガリアが引き受けて、トリステインは余力のないアルビオンに代わりアルビオン向けの航路の警備を強化しているようだと記載されている。セルフィーユの北を通ってトリステインとゲルマニアを結ぶ航路は平常警戒だが、何か問題があれば先にゲルマニアが反応を示すと思われるし、こちらの方でも気になる情報は聞いていなかったので特に問題視することもないだろう。
 今は情報収集に留め、領内の諸事解決に力を尽くし、自らの職責の範囲で動くべきだった。焦って力んで空回りをしては、全力を出すべき時に出せなくなってしまいかねない。
 守るべきものはセルフィーユ、その点を履き違えては全てが台無しになる。わざわざラ・ロシェールにまで人を送り、自分が方々を飛び回っているのは何のためかと、心に言い聞かせる。
「セルフィーユの立ち位置を考えると、軍の動きよりも商人の動きに注目した方が良さそうですね。
 アルビオンから向こうの行方までは無理でも、ラ・ロシェールへと集まってくるフネについてはこれまで以上に注視しておくよう頼みます」
「はい、畏まりました」
 引き続きよろしくと労って従者を退出させると、明日になるであろう登城の用意を命じてリシャールは休むことにした。




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