ゼロの使い魔 ハルケギニア茨道霧中
第九話「戦雲」




 盛夏の下で挙行された立太子式より月をまたいでラドの月、リシャールはラマディエの市街から見て東側にある空港へと向かっていた。庁舎からそう距離のある場所ではないが、賓客の出迎えなどで格式や礼儀が要求されるような場合でなければ、馬車を用意させるよりも関係者が集まっている場に一人で飛んでいく方が早い。
 セルフィーユの空港も開港以来に徐々に拡充され、現在では二つの桟橋と一つの船台、空港事務所を兼ねた空海軍の本部や付随する倉庫、工房、資材置き場などで構成されている。
 残念なことに、桟橋は大きいだけで荷役そのものはフネの乗組員頼みであった。足りなければ海港やラマディエの駐屯地から応援を呼ぶのである。
 船台の方には、元空賊船『ヴェリテ』号改め両用フリゲート『サルセル』が、予備艦として乗組員を確保出来ぬまま留め置かれていた。船員も地上要員も、予算の都合で根本的に足りていないのだ。
 市街地の海港に設置されている簡易空中桟橋も合わせれば最大で合計七隻の中大型船舶が係留可能だが、これまでその全てが同時に埋まったことはない。海港に水上商船が入港していない場合に限り、中型の商船二隻までなら荷役の同時進行は不可能ではないと、港湾関係者から聞いている。
「アーシャ、事務所の前にお願い」
「きゅ!」
 今は夕方まで訓練に出ている『ドラゴン・デュ・テーレ』も王都への途上にある『カドー・ジェネルー』も居らず、入れ代わりにアルビオン籍の小型商船が一隻、桟橋で荷揚げを行っていた。周辺には荷馬車だけでなく、人が押し引きする小型の荷車も集っている。遠路での輸送には不向きだが、平坦な市街地や倉庫街のみを行き来するなら都合がよい面も多い。
「アーシャ、一時間ぐらいはここで用事があるから、退屈なら遊びに行ってもいいよ」
「きゅー」
 ぴたりと事務所前にリシャールを降ろしたアーシャは、そのままふわっと海の方へと飛んでいった。海の守り神とも呼ばれる彼女のこと、港に行けば余った魚が貰えるのだ。

 セルフィーユの空港事務所はそこそこの大きさではあっても、どこにでもあるような代わり映えのしない建物である。唯一特色があるとすれば、将来を見据えて入り口すぐのホールが大きく取られ、宿泊施設にも貸事務所にもなる小部屋を多く抱えていることだろうか。
「皆さん揃っておられます」
 案内された事務所の応接室は、部屋こそ真新しいが配置された家具は良く見積もっても並品で、主要航路の書き入れられた大きめのハルケギニア全図とセルフィーユ周辺図以外には目立つ特のはない実用一点張りの部屋であった。今日のところは問題ないが、貴族の賓客であれば庁舎の応接室か城で応対するしかない。
「初めまして閣下、西ダータルネス貿易組合の代表を兼ねますリッチモンド商会の会頭、アーサーにございます」
「私は『タモシャンター』号の船長、ラトヴィッジであります」
「お待たせしました、リシャール・ド・セルフィーユです」
 他にもアルビオンのメイトランド書記官と港の責任者、工場の担当者らも出席しているが、主役はこのアルビオン商人である。
 当初はセルフィーユ側がフネを出していたが、そこに目を付けたアルビオン商人が、マスケット銃の運搬一切を引き受ける代わりに、こちらに航路をお任せ願いたいと話を持ちかけてきたのだ。

 セルフィーユでは毎日十丁弱のマスケット銃が生産され、これまではまとめてひと月に一度アルビオンへと送り出されていた。休日や工作機械の整備などが影響するものの、毎月の出荷は以前よりも多い百五十丁から二百丁弱が見込める計算となっている。
 航路を担う予定の『タモシャンター』号は全長二十五メイルほどの小型船だが、銃単体の重さと価格はそれなりとは言え、毎回多くとも百数十丁のマスケット銃だけを運ぶだけなら空荷に近い。その空いている船倉に相乗りした商人達がアルビオン産の羊毛やそれを主体とした毛織物、蒸留酒などを持ち込み、帰りには海産物の類が船荷となる予定だった。
 この話、セルフィーユ側には『ドラゴン・デュ・テーレ』を出さずに済む上、手間を掛けずに航路を維持出来るうま味があった。ついでにアルビオンから商品が入ってくることも見逃せない。商人側も、大手や古参の商人に支配されているロサイスやラ・ロシェールの市場を通さずに大陸への足がかりとなる新たな航路と新たな市場を得られるから、初期の持ち出しに多少目を瞑れば損はなかった。彼らの本拠ダータルネスはアルビオン北部にあり、ロサイスやスカボローを抱える南部の商人が押さえている大陸間貿易には、あの手この手で少しでも食い込んでおきたいところなのだ。
 無断で輸送手段を切り替えるのもよくないかと、リシャールの引きでアルビオンとトリステインの王政府も間に入っているが、メイトランド書記官とセルフィーユの庁舎、それに両王政府の役人に少々事務仕事が増えた程度で、西ダータルネス貿易組合や新航路そのものには問題はない様子であった。

「一つ、西ダータルネス貿易組合は今後一年間、最低限毎月一度、フネをセルフィーユへと手配し、セルフィーユ伯爵家指定の積み荷を無償にてロンディニウムへと運ぶ。
 一つ、西ダータルネス貿易組合はセルフィーユ伯爵家指定の積み荷に対し、喪失・損失があった場合には賠償の責務を負う。
 一つ、……」
 当然ながら事前に内容の協議は為されていたし、リシャールもそれに加わっていた。この場に集まる意味は、関係各所の間で調整が済まされたことを確認し、只今を以て発効を宣言すると周囲に知らしめる為の、一つの区切りなのである。
 文言に相違がないことを改めて確かめ、リシャールは数枚の公文書にサインを入れた。
「アーサー殿、今後ともよろしく」
「はい、良き取引が続きますよう願っております」
 場にほっとした空気が流れたのを見計らい、リシャールは茶杯の入れ替えを命じた。
 これで新たな航路が開設されたことになるのだが、ついでにと水を向ける。
「ラトヴィッジ殿、こちらに来られたフネは割と新しいように見えましたが、アルビオンとここセルフィーユを往復したとして、どのぐらいの日数になります?」
「はい閣下、こちらの荷出しはダータルネスですが、寄港地でのやりとりを考えましてもひと月に一度の往復とあれば、まだ多少余裕があります」
 なるほど、確かに『タモシャンター』号の船足は早いようだ。
 『ドラゴン・デュ・テーレ』が全力を傾注すればその半分少しで往復出来るだろうが、軍艦の中でも特に速度を重視して造られたフリゲートとは性能が並ぶ筈もない。
「この航路は西ダータルネス貿易組合にとり、新たな希望でありますからな。
 フネの方も、手の回せる範囲で一番良いものを手配いたしました。
 出資した商人一同、どの商品を乗せようかとあれこれ論じておりまする」
 西ダータルネス貿易組合はギルドではなく、ギルドの下部に位置する有志を集めた互恵組織と聞いていた。中小の商人では負担の大きい商船の手配も出資者を募って資金を集めれば可能となるし、負担額に応じた利益は、船荷への割り当てとして分配されるそうだ。遠方への貿易では比較的よく使われる手法である。
「それは是非、楽しみにさせて貰いましょうか。
 こちらも油漬けは十分に用意するよう、申しつけておきます」
「はい、こちらも楽しみにさせて貰いましょう」
 他にもこちらへと来るゲルマニア商人とも幾らか話をつけているそうで、マスケット銃などの武器類を受け取り、アルビオンへと持ち帰ると聞いている。昨今の争乱もあり、需要が急激に伸びているとのことだった。
「閣下の御手元に余剰がございますれば、是非とも当方にて引き受けさせていただきたいところですが……。
 今は税の二重払いとなっても時間の方がそれを埋めてくれます故、為さぬ手はございませぬ」

 アルビオンで軍需品が売れていることは、セルフィーユの現況を見るまでもなくリシャールも知っている。
 だが、ゲルマニアからの荷をトリステインを一度通してからアルビオンへと持ち込めば、当然ながら関税の二重払いとなってしまうのでその量は少ない。大概のアルビオン・ゲルマニア直行便はラ・ロシェールで風石の給石だけをしてトリステインを素通りし、アルビオンの玄関口であるロサイスとゲルマニア各地を結んでいる。リシャールも、トリステインを通すことで余計に掛かってしまう関税を支払ってでも利得があるとまでは、考えてはいなかった。
 ちなみに現在トリステインに於いて、輸入品に課されている関税は概ねどの品目も一割である。財政難を補うべく高率にすべしとの意見もあるが、始祖直系の王国としての対外的な見栄と矜持も手伝って、他国と並ぶ税率に押さえられていた。
 無論、セルフィーユも無関係とは言えない。
 あまりに税率が高くなると貿易量の減少に繋がってセルフィーユを中心とする市場の形成が阻害され、低いと一見得に思えても、今度は関税の保護下で競争力を得ている鉄製品の国内販売に影響が出かねないのだ。

「それはまた……大したご決断をされましたね」
「はい。
 こちらでももう一隻、無理を重ねてでもゲルマニアとの直通便を用立てるべきか否か、話し合っております」
 聞いたところでは『ロイヤル・ソヴリン』号行方不明事件も未解決、空賊騒ぎも一段落したとは言えないが、目の前のアルビオン人の商魂の逞しさは大したものだった。
 最近はどうも守りに入っていたが、これは少し見習うべきかもしれないと、リシャールは笑みを浮かべた。

 数日後、リシャールは少し時間を割いて、城の料理長コルネーユと領軍と領空海軍から手すきの士官を一人づつ、加えてラ・クラルテ商会からも人を呼んで小さな会議を開いていた。何か思いついたからと人を呼びつけるような領主の我が侭と言い切って差し支えない部分もあるが、殖産興業に関わる真面目な側面も大きいので皆真剣に臨んでいる。
 テーブルの上には、ビスケットや堅焼きパン、干し肉、干し葡萄などが並べられていた。ビスケットと堅パンの違いは発酵させたかどうかぐらいで食味も似たり寄ったりだが、何故か陸軍では堅焼きパン、空海軍はビスケットと住み分けがなされている。
「少し長くなりますが、経緯から説明しますね。
 アルビオンでは軍需物資が良く売れているそうなので、こちらも一口乗ろうと思うのですが、流石にマスケット銃をこれ以上増産することは不可能です。
 鉄も現在の専売状態を崩すのは得策ではありませんから、これも最初から除外しました。他にも色々考えましたが、新しい事業となると初期投資の大きいものは不可能ですし、第一人手が足りません。
 そこで多少なりとも余力のあるラ・クラルテ商会の方ならば、保存の利く軍用糧食の生産に手を着けられると考えたのですが……」
 リシャールはテーブルに手を伸ばし、ビスケットを手に取った。もちろん現代日本で売られているような、甘くて美味しいものではない。これらビスケットと堅焼きパンは、どちらも乾パンのご先祖様のようなものであり、とにかく堅い。
「これらは現地でも製造されているでしょうし、普段は兵舎なりフネの厨房で調理された物を用意しますから、続けて大量に売れるようなものではありません。
 でも視点を変えれば、糧食としてだけでなく、飢饉や災害への対策にもなります。
 領主としての仕事の一環でもありますが……まあこれは話がすこし外れてしまいますから、今はいいでしょう。
 ……ああ、皆さんもどうぞ?」
 皆にも勧めたリシャールは手にしたビスケットに力を込め、半割にしてから齧った。全員が手を伸ばしたが、ビスケットと堅焼きパンを選んだ者はいない。
「そこで皆さんにも一緒に考えていただきたいのですが、軍用糧食には幾つかの条件があります。
 従来は長期保存が出来て安価であれば、味は二の次……そうですね?」
「はい、その通りです」
 おそらくは戦場に出たことがあるのだろう軍人二人は、顔を見合わせてから頷いた。二人は士官だったが、戦場では彼ら士官も必ず温かい食事にありつけるとは限らない。空海軍では戦闘中に火災が起きては困るので、厨房は一時的に火を落として締めてしまう。また陸では将官でさえ夜空を天井に塹壕で雑魚寝することもあると、リシャールは義父より笑い話半分に聞いたことがあった。
「敵襲が無く補給が滞っていないこと、これが最低限の条件になりますが、調理する余裕があるならば戦地であっても当番兵が温かい食事の支度を致します。
 短期戦であれば時には野営の時間を削って移動する無茶もありますので、小休止中に堅焼きパンを配ってそれでお終い、という場面もありました」
 苦笑い気味に付け加えたのは、領軍の士官の方だ。彼は確か、ゲルマニアの出身だっただろうか。
「このビスケットや堅焼きパンは保存も利いて取り扱いも楽な優れものですが、ご存じのように正直あまり美味くはありません。
 ですが、例えば……スープに浸したりすれば多少はましに食べられますし、ジャムやバターを添えるのもよいでしょう。
 そこで少し考えました」
 リシャールは少しばかり手間取りながらビスケットを嚥下し、再び手を伸ばして新たにビスケットを数枚と干し肉、干しぶどうを手にした。
「通常は箱なり何なりで種類ごとにまとめて納入されるところを、一食分、あるいは一日分を個包装にして、主食と添え物を同梱してやればどうかなと思ったのです。
 利点は幾つかありますが、個包装にして一人分にまとめてあるので現地では配給の手間が省けること、相手側の規模に合わせてばら売りに近い少量販売も行いやすいこと……ああ、旅商人などにはそれこそ一個から売るのもいいかもしれませんね」
 旅商人も普通は宿に泊まるし、宿のない村では村長宅などがその代わりを務めていた。
 日持ちのする携行食料は、時間のない時の行動食か、野営時などの予備の予備として提案するのだ。
「ただ、これだけでは少し商品としては魅力に欠けます。
 そこで、そのまま食べても大丈夫、あるいは軽く一手間加えることでより美味しく……とまでは行かなくとも、随分とましになるような添え物があればどうでしょうか?
 具体的には、この様なものを考えています」
 リシャールは懐から薬包紙で包まれた何かを、二つほど取り出した。中身の大きさは指の先ほど、丁度マスケット銃の弾と同じぐらいの大きさである。

 きっかけは、『魅惑の妖精』亭のジェシカ経由で、パティ・ドゥ・ソージャこと味噌のたっぷりと入った壷を手に入れたことだった。
 味噌汁、味噌煮込み、田楽に肉味噌と、味噌をつかった料理を諳んじて一人悦に入っていたリシャールは、インスタント味噌汁を思い出していた。生味噌タイプや粉末タイプ、カップ付きのものなど、多種多様な味噌汁は勤め先の棚を賑わせていたものだ。
 これまでも、油漬けの類は保存食の一種ということで関連するような食材の市場動向については気をつけていたし、飢えるほどではないが麦の不作も続いているので、領内での食料の備蓄と流通には気を使っていた。麦などは領民が約半年飢えない量を見越して六十万リーブル分、三百トン弱を領内数カ所に分割保管して万が一に備えているほどだ。税収の安定に直結する為、これらは庁舎にも厳命し、無視し得ない重要な案件として扱われている。領地の加増に伴って増えた耕作地とその収穫だが、残念ながらそれ以上の人口増加に引きずられて領内食糧自給率は若干の低下を見ていた。
 だが主食の確保は出来ても、副菜についてはこれまであまり気を付けていなかったのが実状である。それら要素を軍用糧食と結びつけたことは、セルフィーユで最も保存食を必要としている組織が軍であることを考えれば自然な流れだった。
 また加工によって食品の寿命を延ばすことは、余力となるだけでなく商圏の拡大に繋がり、新たな利潤を生み出すことにもなろう。
 それは決して、セルフィーユだけの恩恵ではなかった。

 リシャールは皆の目の前で一つを開封し、粉薬状の中身を示した。
「こちらは料理長にも手伝って貰いましたが、一度きちんと出来上がった鶏のスープを布で濾し取ってから弱火に掛け、焦がさないように水分を蒸発させて鍋に残った粉を集めたもので、そのまま舐めることもできますが、湯で溶けば『似たような物』が出来上がります」
「……『似たような物』、でありますか?」
「はい、同じ物とは言い難いので『似たような物』と。
 風味に欠けますが、それほど味は悪くないのが救いですね。
 あとは……少々高くつくことも欠点でしょうか」
 現代日本のインスタント粉末スープには到底届かないが、試作品にしては上出来で、及第点を与えてもいいだろうとリシャールは見ている。
 但し材料に手間、燃料代までを勘案すると、とてもセルフィーユ全軍に支給したいと思えるような代物ではなかった。かと言って貴族士官用などと銘打つには、疑問符がつく。
「もう一つの方は、頭と腹を除いたイワシの干物を粉に挽いたものです。
 安価な上に製法も簡易なのですが、こちらはそのまま湯に溶いただけだと少々生臭いのが困りものです。
 きちんと弱火でしばらく煮てから布で濾し取ってやればいいのですが、そうなると、今度は普通の調理と手間が変わらなくなりますから……」
 こちらは煮干しの粉末、いわゆる粉節のようなものなのだが、味を見れば砕かず副食として添え物にした方が良いのではないかと思えてしまう。取った出汁を加工すれば良い物が得られそうだが、今度は鶏のスープ同様に手間の掛かる高価な代物となって煮干しの特徴が台無しになるので、どこかに工夫が求めなくてはならなかった。
「そこで……私もなるべく手伝うようにしますが、ラ・クラルテ商会は専業の担当者を出して、料理長と共に比較的安価でなおかつ味の良い物を開発して下さい。
 要点は日持ちがすること、開封してそのままでも食べられること、嵩張らないこと。安価であればなお良いですね」
「はい、領主様」
「お任せ下さい」
「そして、軍の方には糧食として使い物になるかどうかの検証と、その報告を求めます。実際に使う立場となる皆さんの意見は重要ですからね、領主の肝いりだからと甘い評価を付けることのないように留意して下さい。
 また、直接関係はない……わけでもないのですが、同時に兵士の個人装備について、見直しを行いたいと思っています。
 これは少し後回しにせざるを得ませんが、数日中には意見書を固めておきますので、心づもりだけはしておいて下さい」
「了解であります」
「心得ました」
 さてもう一頑張りするかと、リシャールは解散を命じた。
 会議が押した分、何らかの書類仕事が貯まっていることは明白なのである。
「しかし閣下、個人装備の改変となると……そちらも売り込みをされるのですか?」
「ええ、そのつもりです。
 特に気になっていたのが背嚢で、どうにも肩紐が細すぎるなあと以前から考えていたんですよ」
 人間工学に基づいて設計され、フレーム式の構造材まで内蔵された現代式のリュックサックには及ばなくとも、肩紐を太くし、腰のベルトをつけ、背部に若干の綿を入れてやるなどの簡単な改良で、随分と身体に掛かる負担は減るはずだった。同じ荷物を担ぐなら、誰しも軽く感じる方がいい。
 この改良が疲労度に大きく変化を与えるならば、価格が少々高くなろうとも十分な評価が得られる筈だった。
「担ぎ易くなればそれだけ疲れも減りますから、需要は見込めると思っています。
 あー、でもこれは、軍に直接売り込むよりも、個人向けの方が……」
 雑談をしながら、さて自分も執務室へとリシャールが腰を浮かしかけた時、慌てた様子で駆け込んできたのは空港係官の一人だった。普段は文官仕事の彼だが、領空海軍に籍を置く正規の軍人である。
「失礼いたします、領主様!!」
「はい!?」
「伝令!
 発、『カドー・ジェネルー』号艦長シャミナード、宛、リシャール・ド・セルフィーユ閣下!
 本文!
 アルビオン西部にて大乱あり!
 ラ・ロシェール、ロサイス間のアルビオン航路は半ば閉鎖状態!
 以上であります!」
「何っ!?」
「また内乱とは…」
「……よろしい、ご苦労でした。
 シャミナード艦長には、フネの方に問題がなければ庁舎へと来るよう伝えて下さい」
「了解しました!」
 係官の勢いに押され、リシャールはかえって冷静さを取り戻した。くるりと身を翻して走り去る係官を見送る間も惜しみ、残っていた皆にも新たな指示を出す。
「メイトランド書記官殿にも連絡を。
 後々はともかく、いまはこちらの方が情報が早いでしょう。
 先日セルフィーユを出航した『タモシャンター』号のことも心配ですが、それらを含めて対応を協議したいと思います。
 マルグリット女史には私から伝えておきますが、砦のレジス司令官にも伝令を出して下さい。
 今の時刻なら……訓練中のラ・ラメー艦長にも、戻り次第こちらに来て貰うようにしましょうか」
 隣国且つ距離もある場所のこと、即時の影響はほぼないと言い切ってもよかった。
 だが、大なり小なりの影響がじわじわと長期間に渡って及ぼされることもまた、ここ数ヶ月間を思い返せば間違いのない事実であった。



←PREV INDEX NEXT→