ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
挿話その十二「カレドニア盟約」




 時は遡って暦では第八番目の月にあたるニイドの月の半ば過ぎ、園遊会の閉幕よりひと月ほど後のこと。
 アルビオン王国の王城ハヴィランド宮の一角で、軍務卿レストンが渋面を作って報告書を眺めていた。
 数日前に起きたカレドニア盟約を自称する叛乱軍との空海戦にて、王立空軍は、目的を達しながらも実質的には痛み分けか敗北とも言える痛烈な打撃を被ったのだ。

 そもそも、カレドニア盟約とは何か?
 簡潔に述べるなら、テューダー王家に楯突いたアルビオン北部諸侯の連合体である。
 カレドニアという名は、アルビオン北部に位置するハイランド地方の旧名であり、現テューダー王朝の何代も前に滅びた王朝の名の一つであり、現在では一部の地名にそれが残っている程度の忘れられた名であった。
 その名がカレドニア盟約として新たに復活して僅かばかりの間に、先日起きたグレンジャー侯爵の叛乱が霞むほどの規模の混乱がアルビオン全土を覆っていた。
 発端は、カレドニア盟約を名乗る北部諸侯の連名による質問状が、王城へと届けられたことだった。
『罪に問われたグレンジャー侯爵は、そもそも如何なる罪を問われたのか?』
 捕縛のために送られた艦隊へ先に発砲したことが決め手ではあるのだが、当人が死んで口を利けない現状では、残された証拠を矯めつ眇めつするしかなく、北部諸侯達は王家の自作自演ではないかとの大胆な仮説を大っぴらに披露したのだ。
 ある北部諸侯に曰く、これでは如何に忠誠を捧げようとも、気分一つで首を刎ねられるではないか。
 不毛な書簡が幾度も交わされる中、王政府は公式発表のみならず、市井に噂を流してまで事態の沈静化に努めようとしたが、この努力は結局実を結ばなかった。
『我らカレドニア盟約はテューダー王家を認めず』
 彼らは、名を表に出して僅か二週間で激発したのだ。
 先ずは常套手段とばかりに、王都ロンディニウムと北部を結ぶ街道や航路を早々に押さえ、加えて遊撃的に艦船を出撃させると南部との連絡線をも混乱に陥れ、王都を締め上げようとした。
 初動こそ虚を突かれ対応が遅れたものの、王政府も黙ってそれを見過ごすほど愚かではない。すぐさま三個連隊の地上部隊を動員して王都の内外に配置し、更にロサイスより艦隊主力を呼び寄せて王都の守りから不安を払拭すると、フリゲート数隻を一組とした足の速い艦隊を三つ四つと分派して対策に当たった。
 だが、早期に連絡線を回復することで事態の好転を図った筈のフリゲート艦隊分派作戦は、相次いで二つの艦隊が消息を絶ったことで失敗に終わる。
 カレドニア盟約側が独行艦をこれ見よがしにあちこちへと差し向けることで小艦隊を誘い出す策を用い、中小の武装商船を中核とする十数隻にも及ぶ艦隊と焼き討ち船による奇襲でこれを全滅に追い込んだとわかったのは、辛くも空中で脱出したフリゲート艦隊のメイジがロンディニウムへと命辛々帰還した数日後のことであった。
 事ここに至っては、委細構わず大元を叩くことが先決なのではないか。
 軍と王政府の意見はすぐさままとめられて上奏され、ジェームズ王もこれを承認、ロンディニウム周辺にて待機していた艦隊主力は即時移動を開始し、二日後には旧グレンジャー領に隣接するスターリング侯爵領へと達していた。
 戦列艦二十余隻を中核とする艦隊に敗北はあり得ないとされながらも、先日と同じく過剰な戦力を一時に動かしたのは、偏に早期の解決を狙ったことによる。一気に揉み潰す事で、叛乱の波及や事態の長期化を避けるという基本方針は、当初よりの決定事項であった。
 しかし、早期の討伐という目的こそ達成できたものの、終わって見れば痛み分けと言わざるを得ないほど、大きな被害を被っていた。
 夜陰に乗じて焼き討ち船を送り込むと同時に、少数のメイジによる切り込みを行うという複合戦術は、攻撃者がほぼ生還を期し得ないという点を除けば、少数で大部隊に被害を与えることに適した戦術であった。
 しかし所詮は多勢に無勢、夜明け前までに敵艦は全て爆散もしくは大破、切り込み隊も全員がとどめを刺された。切り込みをかけてきたメイジの中には盟約に名を連ねた諸侯さえ居り、その覚悟が伺えたが、物言わぬ死体とあっては先日のグレンジャー侯爵同様、詳しい経緯は不明瞭なままである。
 翌日より地上部隊によるカレドニア盟約参加諸侯の領地に対する鎮定が行われたが、激しい抵抗の末に討ち取られた者や、死体となって発見された者を除けば諸侯らの行方は不明であった。だが、焼き討ちに使用された船の中には、初戦の空路封鎖で鹵獲された商船のみならず、各諸侯の持ち船なども含まれていたから、先のグレンジャー侯爵と同じく、戦闘中に死亡したと推察するしかない。
 こうして一月余りの短い期間ではあったが、カレドニア盟約は暴れに暴れ、大きな爪痕をアルビオン王国へ残したのだった。

 軍務卿レストンは出かかったため息を飲み込み、手元にある報告書に再び目を落とした。そこには被害の一覧と、再建計画案が記されている。
 艦隊司令リッジウェイ大将の座乗する旗艦『デバステーション』は船体を焼かれて中破、新鋭の戦列艦『アロガント』は火薬樽に火が移ったのか突っ込んできた焼き討ち船もろとも爆沈、武勲艦と賞される『シュルーズベリー』は船体の被害こそ軽微だったが、切り込んできたメイジによって六百人いた乗組員のうち五百五十名が殺されて航行不能、等々……。
 被害を受けた艦艇は多数に及び、王立空軍は数ヶ月間全力の出撃が不可能な状態に追い込まれていた。
 損傷の軽いものから修理に回すとしても、乗組員の不足を補うことは急務とせざるを得ない。沈んだフネこそ少数にとどまったが、損害を被った艦は数多く、乗組員の被害は特に大きかった。槍を持たせて立たせておけば最低限の仕事にはなる地上の兵士とは違い、空軍の兵士は一朝一夕に育つものではない。商船から徴発するわけにも行くまいが、募兵の強化だけは即日通達を出す必要があった。
 更に報告書をめくれば、再建案の草案が示されていた。
 一時しのぎではあるが、重修理を要する艦艇より乗組員や砲を引き上げて損傷軽微な艦へと融通することで、短期的な戦力不足を補い、艦隊の再建については特別に予算を計上する他、旧式艦や保管艦のみならず、規定を前倒しにして退役にはまだ間のある艦も売却対象とし、その代金を艦艇新造の費用に充てる。
 どこかで無理をしなくてはならないことは承知していたし、比較的無難にまとまっているかと、レストンは草案を認め報告書に署名した。
「軍部の裁量で出来る損傷艦からの乗組員や装備の融通は、即日行うように。
 それから、概略でよい、明日までに売却を予定する艦艇をまとめておいてくれ」
 部下に指示を出し終えると、翌日予定されている御前会議の根回しをすべく、レストンは執務室を後にした。

 御前会議は定例報告と軍の再建案の可否が主であったからほぼ予定通りに進行し、午後の早い時間にはレストンも肩の荷を降ろしていた。問題があったとすれば、討伐に向かった地上部隊も艦隊に劣らず被害が甚大で、次回の御前会議までに調整という名の会合を開いて、予算の奪い合いをすることがほぼ決まったというあたりだろうか。
 先日動員された地上部隊は、王都内にも配備するという必要性から、国王ジェームズ一世の名の元に召集された近衛部隊として扱われ、後付ながらも軍務卿の管轄外となっていたのだ。
「レストン、少しよいか?」
「はい、殿下」
 会議室から退出しようとしたレストンに、皇太子ウェールズより声がかかった。
 ウェールズは討伐部隊に加わらず、先日は王都に残った部隊を率いており、王都とサウスゴータを結ぶ陸路空路に部隊を送って積極的に交通網の回復に当たっていた。本人には不服があったようだが、そうそう王族に前線へと出られても困るのである。
「先ほどレストンから提案のあったフネの売却先だが、私の方で心当たりがある。
 程度の良いものを二、三隻、先に見繕っておいてくれないか?
 火急の折だからね、会計上は王家が買い取るという形にして、先に予算を付けるよう取り計らおう」
「それは良いご提案を頂戴いたしました。
 艦種についてはいかが致しましょう?」
「レストンに任せる。
 程度の方を優先してくれ」
「畏まりました」
 手回しの早いことだとレストンは一礼し、自らの執務室へと戻るべく会議室を後にした。
 先の会議では艦隊の再建案は認可されたが、予算が下りたわけではなかったから、中古艦数隻分の売却益とは言え無視出来ない。
 特に船体の主材料となるオーク材やチーク材は、軍港などに備蓄してある量ではまずもって足りず、一時的に高騰が見込まれても確保せざるを得なかった。頭の痛いことだが、王立空軍が多数の損傷艦を抱えていることは隠すまでもなく世間に知られている筈で、木材の他にもフネに関わる原材料や資材、装備物品の高騰を呼ぶに十分である。
 商人共に足元を見られるのは癪であったが、損傷艦の戦列への復帰はそれらを無視せざるを得ないほどの急務なのだ。


 ロンディニウムのハヴィランド宮で、為政者や軍人たちが軍の再建に頭を痛めていたその頃。
「お目覚めになられたかな、スターリング侯爵?」
「うむ、悪い気分ではないな」
 のっそりと起きあがったスターリング侯爵は、周囲を見回した。簡素な内装だが、部屋自体は広く作られている。
 先ほどまでは船上にあって指揮をしていたような気もするが、どうにも頭の中がもやもやとしてはっきりしない。
「ここは、どこかね?」
「侯爵、ここはダータルネスの港の外れにある秘密の屋敷だ」
「私は何故、ここに?」
 目の前の僧服の男に尋ねてみる。部屋を見回したが、他には誰もいなかった。
「侯爵とカレドニア盟約は奮戦空しく、にっくき王軍めに敗退した。
 だが侯爵の命運は潰えていなかったのだ、始祖のご加護によってな」
「……ふむ、そのようなことがあったやも知れぬな」
 スターリング侯爵はサイドボードに目をやり、自分の杖を取った。まだ意識ははっきりとしないが、問題ないようにも思える。
「侯爵、立てるかね?
 あちらの部屋に侯爵を待っている者たちがいるのだ。
 ダンスター伯は特に侯爵とは親しいと聞いているぞ」
「ダンスター伯がいるのかね?」
「ああ、他にもカレドニア盟約に参加した諸君が、幾人も君を待っている」
 ほう、そうかと侯爵は頷き、案内されるまま扉へと向かった。
「ところで君は……?」
「失礼した、侯爵。自己紹介がまだであったな。
 余はオリヴァー・クロムウェル、カレドニア盟約に参加していた諸賢を中心に、アルビオンを憂う心ある貴族が集った新たなる組織、『レコン・キスタ』の総司令官である」
 僧服の男は、芝居がかった様子で両手を広げて見せた。
 その指には、水の色をした宝玉のついた指輪が光っていた。






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