ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第七十二話「詰問」




 園遊会も終わって、セルフィーユを訪れていたウェールズらも帰国の途につき数日、本来ならば庁舎にて不在の間に溜まった仕事の処理に追われているはずのリシャールであったが、フロランの報告を受けて工場へと出向いていた。
 当初の予定よりも大幅に早く、ゲルマニアより大砲関連の機械類が到着したのである。
 園遊会でのリシャールの立ち回りに外交と呼べるほどの成果があったのか否かはさておき、ツェルプストー辺境伯が手を回したことは明らかであった。
「リシャール、遊びに来たわよ!
 荷物はついで。……ね?」
 大がかりな機械類を積んでセルフィーユへと到着したゲルマニア差し回しのフネには、ツェルプストー辺境伯の名代として息女であるキュルケが同乗していたのである。

 運ばれてきた機械についての手続きや設置はマルグリットとフロラン、それにフネに同乗してきたゲルマニアの技術者達に任せ、リシャールは千客万来だなと思いつつキュルケを伴って城へと戻った。馬車も差し回したのだが、キュルケはあまりこだわらないのか、リシャールとともにアーシャに乗っての移動である。
「あら、こちらの方が明らかに早いでしょ?」
 とは彼女の弁で、リシャールもなるほどと頷いた。
 最近は格式が要求される立場に追い込まれがちなリシャールだが、元々実利優先の気が強い彼のこと、その言葉には納得できる。何かにつけ格式と伝統を重視するトリステイン貴族の流儀には、ため息をつくことも多いリシャールだ。
 もっとも、それが故に見栄えの良い部分や取り繕える場面も多いので、一長一短ではある。由来を知らなければ納得のいかない様式も多いが、一度それを頭と体に叩き込んでしまえば、これほど楽なこともないのだ。
「さ、行きましょ」
「きゅ?」
 キュルケは困惑気味なアーシャを一撫でしてから、リシャールの搭乗を待たずにアーシャへと騎乗した。

 アーシャに乗っている間、ずっと後ろからキュルケに抱きつかれていたリシャールだったが、まさか振り払うわけにもいかず、からかいが半分に役得が半分かと、自身に言い聞かせて城へと舞い戻った。ちなみに彼女の連れてきた侍女達や荷物は、後ほど馬車でゆっくりとこちらへ来る手はずになっている。
「随分と歴史のありそうなお城ね」
「古いには古いと思うけど、記録が残っていなくてね。
 僕にもよくわからないんだ」
 アーシャに乗ってすぐ、リシャールはキュルケより、再び敬語禁止を言い渡されていた。相手は隣国の辺境伯息女とあって気を使っていたのだが、彼女は同年代というくくりでリシャールを見ていたようだ。彼女の態度は隣国の子爵家当主に対するものとしては少々礼を失するという見方も出来なくはないが、悪意の感じられるようなものではないとリシャールには思えたので、その態度につき合うことにしたのである。園遊会で話をした時も概ねそのような雰囲気であったし、肩が凝るよりは余程いいかという内心も多々含まれている。
 初対面や、友誼よりも儀礼が優先される公の場ではさておき、リシャールの祖父エルランジェ『伯爵』が、親友であるギーヴァルシュ『侯爵』をくそじじい呼ばわりするように、当人らの間である種の諒解、あるいは友誼とも云われるものがあれば、他人にそれを聞かれようとあまり大した問題にはならなかった。それ故の選択でもある。
「お帰りなさいませ、旦那様」
 出迎えに来たメイドには、ヴァレリーへの連絡と客間の用意を命じつつ、さっと杖を一振りして中庭に降り立ったキュルケを追い抜くようにして、リシャールは彼女を案内しつつ城館の玄関をくぐった。
「えーっと、少し殺風景……かしらね?」
「うん、僕もそう思うよ」
 歯に衣着せぬキュルケの物言いに、リシャールは肩をすくめて見せた。義父や祖父ら、セルフィーユ家のお家事情の知れた相手はともかく、先日来訪したウェールズも、気を使ってくれたのか口に出しては何も言われなかったかと思い返す。
 改めて考えてみるまでもなく、玄関ホールに限らず美術品の類はほとんどないセルフィーユ家であった。僅かながら、婚礼とともに持ち込まれたカトレアの私物があるぐらいだろうか。彫像、絵画、宝飾杖や装飾鎧など、特に人目を引く玄関ホールには、その家を象徴するようなものが鎮座している場合が多い。数十代も続くような歴史の古い家では、城の各所に配置された美術品の由来を語れば、それがそのまま家の歴史となるほどだった。
「セルフィーユ家は創設二年目の新興だからなあ。
 ……そのうち増えるとは思うけど」
 現在のセルフィーユ家では、美術品を買う余裕があるならば、他の用途に回すことが優先される。リシャールとしても当然の選択であった。借財を持つ身で美術品を買うなど、後見人にして出資者たる祖父らに対して失礼だと彼は考えていた。
 だが、こうして客人を迎える段になると、全く何もないこともまた、訪れる人々に対して礼を失する部分も大きいのではないかと、リシャールにさえ思えるので始末が悪い。それが原因でセルフィーユ家を低く見られると、立場を落とすことにもなりかねなかった。
「ツェルプストー辺境伯家はかなり長い歴史のある家だったよね?」
「そうねえ、現皇帝家より長いことは間違いないわ」
「そりゃすごい」
「あっちが短すぎるのよ」
 主家たるゲルマニア帝室に対してさえも物言いを変えないキュルケには、苦笑せざるを得ない。彼女の中では、財力も権勢も兼ね備えたゲルマニアの皇帝家であっても、セルフィーユ子爵家と変わらぬ新興扱いのようである。
「でも、一から築いていくのも楽しそうではあるわね」
「苦労の連続だけど、好き勝手出来ることだけは間違いないかな」
「そこは少し羨ましいかしら」
 歴史ある大貴族の娘らしい堂々とした態度は少しルイズに似ている部分もあるかと、改めて彼女を見る。だがキュルケとルイズでは、年回りは近くとも、ラ・ヴァリエール公爵とツェルプストー辺境伯の性格を較べるまでもなく、多分おそらくきっと、反りの合わぬことこの上ない関係になるだろうなと容易に想像がついた。

 では、カトレアとキュルケならば?

 カトレアは穏やかな性格であるし、自分が同席している限りは大したことにもなるまいか。リシャールは苦笑を押さえつつ彼女を二階へと先導し、カトレアがいるはずの、居間に使っている部屋を目指した。

 部屋の前で深呼吸を一つしてから、リシャールは扉を叩いた。今はキュルケも口を閉じている。
「カトレア、入ってもいいかい?」
「リシャール?」
「お客様がいらしたんだけど、いま大丈夫?」
「あら?」
 ほどなく扉が開かれたが、カトレアはこちらを向いてきょとんとした様子だった。客人と聞いて、男性貴族を想像していたのかもしれない。
「こちらは、園遊会でもお世話になったゲルマニアのツェルプストー辺境伯様のご息女でね、キュルケ殿だよ。
 先ほど、ツェルプストー辺境伯様の御名代として到着なさったんだ」
 そう言えば、城へと戻る道中、キュルケからもカトレアのことは聞かれなかったなと思い返す。リシャールがラ・ヴァリエールから嫁を貰ったことはキュルケも間違いなく知っている筈なのだが、彼女の方にも多少はわだかまりがあったのかもしれない。
 リシャールは、努めて普通にキュルケをカトレアに紹介した。両家の因縁めいた歴史や違いすぎる家風、ついでに未だに燻るであろう悪感情には、目をつぶっておく。
 便宜を図ってくれた隣国の大貴族の名代たる彼女を疎略に扱うわけにはいかないという実状もあったが、それ以外にも、ハルケギニア各国に対して融和外交を掲げているトリステイン王政府の意向もあるし、石炭を筆頭にゲルマニアへの依存度が高いセルフィーユとしては、彼女や彼女の父とは距離を近くしておきたいところであった。
「初めまして、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーですわ、子爵夫人。
 御夫君には、父ともども大変お世話になっております」
「ようこそいらっしゃいました。
 わたくしはカトレア・イヴェット・ラ・ボーム・ル・ブラン・ド・セルフィーユ、リシャールの妻にございます」
 姿勢、視線、物腰に余韻。
 全てに於いて完璧な貴婦人の礼を交わす二人に、流石大貴族の娘だと思いつつも、リシャールは冷や汗を流した。……完璧すぎるのだ。
 微妙な緊張があるように思えて、どうしたものかと思案する。
 両家の溝は、普段は優しくておっとりとしているカトレアが身構えるほどに大きかったのかと今更ながらに悔やむが、もう遅かった。
「リシャール」
「な、何かなキュルケ!?」
 キュルケはカトレアとリシャールを上から下まで見回してから、面白そうな表情を浮かべた。
「あの噂は本当だったのね。
 カトレア夫人を見て、確信したわ」
「あの噂?」
 どの噂だろうか。
 恋人の出来る眼鏡のことは、この際関係ないだろう。
 ラ・ヴィコント・ド・ランファン……『子供子爵』と呼ばれていることも知っていたが、これも関係なさそうだ。
 他にも何かありそうだが、噂話とは当人には聞こえにくいものであった。
 内心ではらはらとしながら、キュルケの言葉を待つ。
「あなたがラ・ヴァリエールの娘に一目惚れをして、その為に領地を得た……って言うお話よ」
「あ、ああ、よく知ってるね。
 ……ってちょっと待って!
 なんでキュルケがその話を知ってるんだ!?」

 これは身内のほんの一部しか知らない、ある意味セルフィーユ家の極秘中の極秘でもあったはずだ。他者に知られて困るほどの内容ではなかったが、気恥ずかしさもあって爵位の授与と結婚は別のものとしてあった。
 表向きは、エルランジェ伯爵が孫かわいさに無理をして男爵家を立てたことになっている筈だった。但し、カトレアとの婚約発表は叙爵とほぼ同時であったから、ラ・ヴァリエール公爵の引きによる男爵家創設とも見られてはいた。だがその後の経緯や陞爵も含めて、どちらにせよ、カトレアありきでの男爵家創設とは受け取られていなかった。
 しかし実際は、これらのほぼ全てが、カトレアに一目惚れをしたリシャールが、結婚をする為に仕組んだものである。カトレアが下級貴族の娘であったとすれば、爵位云々とまでは決してならなかった筈だ。公爵家の娘を嫁に迎えるために身代を築いたのであって、その逆ではない。
 リシャールも本心では、日々を書類や錬金で費やしたいわけではない。徐々に発展している領地にもその経営にも、ある種の楽しみや面白みはあったが、カトレアと楽しく暮らせればいいという至上命題があってこそだった。祖父らから借りている借金や、王命による街道工事は、言わば都合の悪い余録なのである。
 リシャールは借金や街道工事をそのまま投げ出すと、今後のカトレアとの生活に、とてつもなく大きな支障が出ることを十二分に知っていた。外聞も悪いし、心中も落ち着かない。
 だが、借りた金は返してしまえばいい。街道工事も完遂してしまえば問題ない。
 それが故に、今もリシャールは日々書類や錬金に追い回されて、駆けずり回っているのである。

「あの、キュルケ様?」
「キュルケで構いませわ、子爵夫人」
「では、わたくしのこともカトレアとお呼び下さい。
 ……とてもよくご存じなのですね?」
 リシャールは、カトレアの目配せに頷いた。
「キュルケ、僕も聞きたい。
 どうして、君はそこまでうちの事情に詳しいんだい?」
「お父様が熱心にお調べになっていたからよ」
 くすりと笑ってキュルケは続けた。
「国境の向こうの王領が、男爵領に名を変えた。
 ……ここまでは極普通のことだし、逆もまあ、ないわけじゃないわね。
 でもその領地は、少し普通じゃなかったのよ」
「!?」
「トリステインの子爵様に言うべきじゃない言葉だけど、お怒りにならないでね、リシャール?」
「ああ、うん」
 彼女に対して怒ることはないだろうが、警戒心が頭をもたげてくることは押さえきれなかった。
「お父様は、『とてもトリステインの貴族とは思えない。むしろゲルマニア的ですらある。その上、年若い初代領主とは、何か裏があるはずだ』と仰っていたわ。
 ヴィンドボナから資料を取り寄せて、首をひねってらしたもの」
 隣国から目を付けられるほど目立つことをしていた自覚はなかったが、実際にはそうではなかったらしい。
「それに短い間に領地が広がったり、ゲルマニアから製鉄技師を招こうとしていたり、あたしから見ても普通じゃなかったわ。
 ラ・ヴァリエールの娘婿でもあったこともそうね。
 特に我が家としては、無視できない要素だわ。まかり間違えば、リシャールは次代のラ・ヴァリエール公爵ですもの」
 幾分芝居がかった調子で、キュルケはリシャールの行状を並べ立てていった。
 他人のことなら素直に聞けただろうが、自分のことである。逃げ出したい気分になってきたリシャールだった。
「ここまでは調べた理由と、その結果ね。
 でもね、それじゃあ説明がつかないのよ」
「説明?」
「そう。
 下級貴族の出だったあなたが、出世して大貴族の娘を娶った……っていうことなら不思議はないのよ。それはそれで大したことだと思うわ。
 もしくはラ・ヴァリエールの側から将来性を見込まれた、とかね」
 キュルケはさながら事件の現場に戻った犯人を追いつめる名探偵のごとく、指をひとつ立てて話を続けた。
「でも、納得がいかない部分もあったわね。
 ラ・ヴァリエールにしては……いいえ、ラ・ヴァリエールだからこそ、かしら。
 如何にその人が優秀でも、新興の、創設一年に満たない男爵家に娘を嫁がせるほど、家風は練れていないはずよ。
 たとえカトレア夫人が、普通に嫁がせるには困るほどの病弱だったとしても、ね」
「……」
「うふふ、その程度はあらためて調べなくてもわかるわよ。
 国境を挟んで、長いおつき合いのあるお隣さんですもの。
 ああ、話を戻すわね。
 ……そうでないなら、ラ・ヴァリエールの側から将来性を見込まれたって普通なら考えるところでしょうけど、それも少しおかしかったわ」
「どうおかしかったのかな?」
「あら、だってラ・ヴァリエールの縁戚であることの方が重要視されるなら、叙爵と同時に結婚が来るはずよ。
 その方が合理的だわ。
 それにラ・ヴァリエールからは、人どころかお金が流れている様子さえ、まったくなかったんですもの。
 連絡役か助力か、あるいは……監視?
 どちらにしても引きがあったのなら人が入るはず。
 なのに、そんな形跡はなかったそうよ」
 リシャールはカトレアとの結婚を公爵らに認めて貰うために、なるべく自分の力で領地と家をまとめ上げようとしたから、ラ・ヴァリエール家には頼っていない。それに叙爵に関わる領地取得の費用を借りた相手は、祖父らである。
「でも愛と情熱が、恋愛が先にあったとしたらどうかしら?
 カトレア夫人と結婚をしたいから、リシャールはラ・ヴァリエールが認めるほどに出世をした。
 だから、叙爵が先に来て、結婚が後になった。
 これなら綺麗に説明がつくわ。
 ね、どうかしら、あたしとお父様の推理は?」
 ふふんと片目をつぶって得意げに笑うキュルケに、ため息をつく。
「完敗だよ、キュルケ。大体あってる。
 僕はカトレアと結婚したかった。
 ……ただ、それだけだったんだけどなあ」
「あら、とても素敵なことじゃないの」
 カトレアと両思いになったはいいが、公爵の次女姫と勲爵士の三男坊では、結婚するには無理にもほどがあった。この勲爵士の三男坊を祖父らの助力で男爵家の当主に変え、次女姫の援護射撃で諸条件を緩和して、やっと結婚できたのだ。
 一つ深呼吸をしたリシャールは、キュルケに向き直った。
「それで、僕たちにそんな話をして、どうしようというんだい?」
「へ?
 何もしないわよ?」
 かなり重い意味を込めて訪ねたのだが、あまりにあっけらかんとしたキュルケの返事にリシャールは狼狽えた。彼女の返答次第では苦しい立場に追い込まれそうで、覚悟さえしていたのだ。
「え、あ、いや……それだけ!?」
「ええ。
 あたしはあたしとお父様の推理が正しかったかどうか、確かめたかっただけよ」
 こちらの言葉を不可解に思ったのかきょとんとするキュルケに、ああそうだったのかとリシャールは肩の力を抜いた。
 彼女は、そして彼女の父親は、園遊会場で初めて出会った時と同じく、興味の赴くままにリシャールの行動を読み、それを解いただけなのだ。いらぬ緊張を強いられたことは事実だったが、蓋を開けてみれば世間話の延長とも取れるし、先日と同じくリシャールをからかう意図はあったにせよ、それ以上の他意はないと言う一点は遵守されているらしい。そここそが彼女の守る『一線』なのだろう。
 その点を許せるか許せないかということでは、リシャールには許せる部分であり、ラ・ヴァリエール公爵らには許せない一点となるのかもしれない。憶測だが、そう的外れではないように、リシャールには思えた。他者に知られて困るほどの内容ではないことは、自分でも判っている。
「ちょっと脅かしたことになっちゃったのかしら?」
「……十分にね」
「あらごめんなさい。
 リシャールの反応が面白くて、ついね」
 カトレアは微妙な顔をしていたが、口に出しては何も言わなかった。キュルケの方は、どうかしらという顔をこちらに向けている。
 リシャールは大きく息を吐くと気持ちを入れ替え、茶の用意さえまだであった事をキュルケに詫びてから、メイドを呼ぶべく呼び鈴を振った。

 その後は普通に、と表現していいものか、終始リシャールとカトレアのなれそめやその後の恋愛事情を事細かに聞き出すキュルケと、何故か熱心に答えるカトレアに挟まれた微妙に心地の悪い場所で、少し小さくなって座っていたリシャールだった。カトレアの表情が軟らかくなって、キュルケに対しても緊張無く、うち解けたように見えることだけが救いだろうか。
 夕食後のささやかな席でもその続きになっていたから、推して知るべしである。
 その後、満足げなキュルケを客間に送り出して自室に戻る二人だったが、カトレアは今も楽しげな雰囲気のままであった。階段への道すがら、リシャールに体を預けてにこにことしている。
「他のツェルプストーの皆さんは知らないけれど、彼女とならお友達になれそうだわ」
「そうだと嬉しいね。
 ……公爵様には内緒の方がいいかな?」
「そうね。
 お父様がお知りになったら、セルフィーユに怒鳴り込んでいらっしゃるかも」
 くすくすと笑うカトレアの髪をそっと撫で、肯定する。
 カトレアと幾ら仲が良くとも、ルイズは妹でアンリエッタは姫殿下、ヴァレリーやアニエスは使用人であった。彼女にとって対等に近い関係の友達はキュルケが初めてかと思い至り、自らの交友関係にももう少し気を配るべきだったかと、自分を省みる。リシャールの交友関係は、そのままカトレアの交友関係でもあるのだ。
「機械の設置と点検には二、三日かかるそうだから、その間はキュルケといっぱいお話すればいいよ」
「ええ、もちろんよ」
 身重の体で出歩くことを制限されている彼女にとっても、ほど良い刺激となるに違いない。
 明日は書類仕事に戻るか、設置の方に顔を出すか、何れにせよキュルケのことをカトレアに任せよう。
「でも……」
「うん?」
「最初はね、リシャールが女の人を連れてきたから、どうしようかと思ったわ。
 仲も良さそうだったもの」
「えっ!?」
「もう、やきもちぐらいはわたしだって焼くのよ。
 ……覚えておいてね、リシャール?」
「ああ、うん」
 リシャールに浮気をする気はなく、キュルケの方でも却下だったかもしれないが、そのこととカトレアの嫉妬心の間には何ら関係がないのだ。
 珍しく勝ち気そうな目でこちらを見るカトレアに、これは覚えておこうとリシャールは殊勝に頷いた。

 二日後、運ばれてきた機械類の設置も終わり、ゲルマニアへと帰るフネを見送る段になって、口を挟むのに苦労するほどカトレアとキュルケの会話が盛り上がっているのを聞きながら、子供が産まれて落ち着けば、ゲルマニアへ遊びに行くのもいいかと、リシャールは二人を見ていた。
 ゲルマニアから届いたのは機械だけではなかったのだなと、その巡り合わせに感謝したい気分だった。






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