ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第七十一話「歓待の締めくくり」




 園遊会の閉幕を見届けたリシャールは義父らへの挨拶もそこそこに、予定通りジャン・マルク夫妻を伴い、夜を徹しての強行軍でセルフィーユへと帰還した。
 ウェールズ皇太子をセルフィーユへと迎えるための準備期間は、そう長くはない。フネの速度を考慮しても、丸一日の猶予しかないのだ。
「アーシャもお疲れさま。
 眠かった?」
「きゅるる」
「……ごめんね、ありがとう」
 アーシャは首を横に振ると、のっそりと寝床へ帰っていった。無理をさせちゃったかなと、謝っておく。
「夜明け前ですから、我々も一寝入りしますか」
「そうですね。
 ……ああ、ヴァレリーさんには寝坊を許可します。
 流石にお疲れでしょう?」
「ありがとうございます、リシャール様」
 月明かりはあったが、やはり長距離の夜間飛行という無茶もあったせいか、ヴァレリーは少しばかり疲れているようだった。彼女には寝るように、ジャン・マルクには彼女を落とさぬようにと言い含めていたが、そうそう鞍もない竜の上で眠れる筈もない。ヴァレリーの余裕は、そのままセルフィーユ子爵家の余裕でもあるから、なるべく無理はさせたくなかったのだが、アーシャで帰るのが一番の早道だったので仕方なかった。
 ホールで夜番の兵士やメイドの出迎えを受け、彼らを労って自室へと戻る。
「お帰りなさいませ、領主様」
「ただいま、アニエス殿。
 こちらは変わりありませんでしたか?」
「はい、万事こともなく、奥方様もお元気であります」
「ご苦労様。それは何よりでした」
 アニエスを下がらせると、リシャールは静かに寝室へと入っていった。
 月明かりに浮かぶカトレアの寝顔を、そっと見てみる。
 彼女は横向きの姿勢で僅かに丸くなって、聞こえないほどの小さな寝息を立てていた。
 ひとしきり妻を眺めて帰城を実感した後、リシャールも着替えることにした。
 普通ならば、領主が夜着へと着替える場合には誰かが手伝うのだろうが、用意こそさせるものの、煩わしさもあってリシャールは主に一人で着替えている。脱いだ正装の後始末をきちんと出来るからこその、離れ業でもあった。
「ただいま」
 小さく呟いてからカトレアの横に潜り込み、その頬に小さくキスをしてから、リシャールも目を閉じた。
 徹夜に近い強行軍は、それに相応しい疲れを与えていたのだ。

 翌朝、リシャールは頬をつつかれる感触に目を覚ますと、いきなりキスをされた。
「おかえりなさい、リシャール」
「ただいま、カトレア」
 やにさがった顔になっている自覚はあったが、余人に見られるわけでもないからと、そのままカトレアを抱き寄せる。
「体は大丈夫?」
「ええ、前よりも調子がいいぐらいよ。
 そうだわ、園遊会はどうだったのかしら?
 お父様たちは元気でいらした?」
「いっぱい話したいことはあるけれど、もちろん、公爵様のご一家は皆お元気だったよ。
 エレオノール様には新しい恋人が現れたし、ルイズも姫殿下と楽しんでいたようだよ」
 メイドが起こしに来るまで、ひとしきり久しぶりの会話を楽しむ。
 内容は二の次だったが、これでいいのだ。

 朝食が終わるまでは土産話を肴にカトレアとべったり過ごして英気を養い、リシャールは頭と体を切り替えた。明日にはウェールズがこちらへやって来るのだ。
 庁舎に着くと、先にマルグリットの執務室の方に出向いて報告を受ける傍ら、二人で優先すべき内容を切り分けていく。その間にも、ひっきりなしに小者が現れては、書類を置いていった。予定のこととは言え、領主の不在はどこかに必ずしわ寄せが行くものだ。
「急ぎの事柄は、主にアルビオンからのお客様に関するものだけですが、リシャール様からは何かありますか?」
「空中桟橋に不具合がないか、もう一度確認しておきたいですね。
 それから、もしも増やせるのなら、鮮魚の方も余計に確保しておきたいところです。
 あればあったで、皆さんお召し上がりになるでしょうから……」
「では、そちらの手配は私の方で済ませておきます。
 リシャール様は、溜まっている書類の方をお願いしますわ」
 予定されていたこととは言え、二週間あまりの間に蓄積された書類の量にうんざりとしつつも、リシャールはそれらの入った箱にレビテーションをかけて自分の執務室へとこもった。
 調停の報告や、家臣らの給与明細、前月の商税収のまとめなど、目を通して問題がなければサイン一つで済ませられる書類はともかく、人事の相談や、領軍の装備調達についての意見具申など、その場で決めるには少々悩むものは後回しにしていく。ウェールズの訪問中は執務も後回しにせざるを得ないはずで、担当者には申し訳ないが、至急以外のものはそれら一切が終わった後になるはずだった。
 先ほど選んだ急ぐものだけを、必要ならば担当者を呼んで意見を聞いたりしながら処理していく。大きな金銭のやり取りを伴う決済でも、日常的に行われている消耗品の買い入れなどは、今ではマルグリットかその配下の担当者に任せきりであったから、細々とした部分がリシャールの手を煩わせるようなことはない。
 領内の仕事を早々に片づけると、今度は翌日の準備だ。早速領軍の隊長レジスを呼んで、打ち合わせを行った。人手の半数は兵士で、残りは家臣団から人を割く予定だった。
 屋敷で行われるウェールズを主賓とした歓迎会は、ヴァレリーにほぼ一任してあったが、同行の水兵や士官たちについては、桟橋からほど近い海辺の一角にグリルを多数配置して、立食ともバーベキューともつかない気楽な宴席を用意することにしていた。
 幸いにして、こちらへと来るのはフリゲートのアンフィオン号だった。多く見積もっても、その乗員は三百人足らずである。戦列艦でなくてよかったとは、口に出せないリシャールの本心であった。
 兵士の他にも、宿屋の女将を巻き込んで、兵士らに一任するには少々心配なシチューの類を用意する手配も済んだし、パン屋にも声をかけてある。
 マルグリットやレジスには流石に告げておいたが、ウェールズのお忍びは、領内にも基本的には秘密にしてあった。表向きは、園遊会場で親しくなったアルビオンの貴族の若様が、トリステインの視察に回られるついでにお立ち寄りになるのだと説明してある。
「総動員、ですな」
「ええ、うちの兵士達にも飲酒の許可は出しておいて下さい。
 ……魚の焼き加減が判らなくなるほど酔うのは、困りますけれどね」
 兵士はともかく街の方にも、参加は自由だが節度を持つようにとのお触れを出してある。……万が一乱痴気騒ぎになって、父親の判らない子供が多数残されては、流石に後味が悪いのだ。
「会場の設営には、私も出ます。
 土のメイジは一人でも多い方がいいでしょう」
 子爵家にはリシャール以外にも、領軍にラインが一人、庁舎勤めにドットが一人、それぞれ土のメイジがいる。セルフィーユ全土では他にも数人の土メイジがいたが、彼らは市井のメイジとして、リシャールに代わって街道工事や住宅の建設など、民需やインフラの整備に従事していた。
 レジスには食材や炭などの搬送についての指揮を任せ、リシャールは領軍に所属する土メイジと一分隊を引き連れ、会場の設営に向かった。

 翌日の昼前、なんとか辻褄合わせは出来たかと、リシャールはアーシャに乗ってセルフィーユの上空に浮かんでいた。予定では、そろそろアンフィオン号がこちらに姿を見せる時間なのだ。
「リシャール、西にフネが見えた」
「うん、近寄って」
「きゅい」
 流石にアーシャの目には適わないが、やがてリシャールにもアンフィオン号の姿が見えてきた。帆を一杯に張って空を行くフネは、やはり格好のよいものだなと頷く。
 やがて甲板の人影に区別も付くほどに近づくと、アーシャに併走してもらう。
「ようこそ、セルフィーユへ!」
「リシャール殿!」
 ブレッティンガム男爵エルバートの姿が甲板にあって、こちらへと手を振っていた。
 他にも、ブレイスフォード艦長や肝心のウェールズ皇太子の姿も見える。
 アーシャで先導してラマディエまで案内し、港にある簡易空中桟橋にアンフィオン号が無事に係留されたことを確認して、リシャールも地上に降りた。周囲に居並ぶ家臣を見渡し、合図をする。
「整列!」
 マルグリット、レジスらと共に、文武百官……には少々どころでなく足りないし、領軍の半分ほどは未だ園遊会場からの帰還途上であったが、これが現状セルフィーユの全力だ。歓迎式典と呼べるほどの豪華さはないが、それでも子爵家官僚団および領軍総出のお出迎えである。本来ならば行うべき礼砲や観閲式も、お忍びである故に不要というアルビオン側からの申し出で省略されていた。リシャールとしては、慣れておいた方がよかったのか、はたまた襤褸を出す心配が一つ減ったのか、微妙なところであった。
 そのようなことを考えながら、リシャールは一人空中桟橋の階段を上り、出迎える姿勢をとった。上部の渡し場が荷役優先の作りで、居並んで出迎えることが無理なのである。園遊会場のにわか作りの桟橋の方が豪華だったほどだ。
 しばらくしてウェールズを先頭に、視察団の主立った面々が渡り板を渡ってきた。
「アルビオン王国トリステイン東部方面視察団長、アルビオン王国空軍中将伯爵、ウェールズ・オブ・ウェセックス以下二百六十三名、セルフィーユへの上陸を希望する」
「トリステイン王国子爵、リシャール・ド・セルフィーユです。
 皆様の来訪を、心より歓迎いたします」
「……というわけで、今日はウェセックス伯爵と言うことになっているのでね、よろしく頼むよ、リシャール君?」
「はい、『伯爵』様」
 リシャールはウェールズらに一礼し、一行を先導するべく階段を下りた。

 一行は家臣団に見送られ、ウェールズの護衛も含めて三台の乗用馬車にて市街を抜け、城へと向かった。アンフィオン号の乗組員や同行のアルビオン兵士のうちで、上陸を許可された者たちは街中へと消えていき、セルフィーユの家臣らも、歓迎の準備やその為にしわ寄せの来ている日常の業務へと戻っていく。
 料理に使う魚などは、生け簀には大量に用意されていたが、鮮度の関係で前日の内に捌いておくわけにもいかなかった。先に捌いておいて、水メイジを投入して氷漬けにしておくようなことも出来ないわけではなかったが、それはたぶん、何かを間違えていることになるはずだった。
 リシャールはウェールズ、エルバートと同乗していた。後続の馬車には、ブレイスフォード艦長や護衛の騎士達、ウェールズの従者と荷物が乗り、更にはその前後をジャン・マルク率いるセルフィーユの護衛が囲んでいる。
 ウェールズは短い車上の旅ながらも、変化に富んだセルフィーユの景色をそれなりに楽しんでいるようだった。
「リシャール君、あの工場は鉄工所かね?」
「はい、製鉄所と武器工場が並んでおります」
「ほう、見学は可能かな?」
 短く考えてみるが、断るに強い理由を思いつけなかったこともあって、リシャールは許可を出した。刃鋼の方は気を付けて見なければ材質に区別の付くようなこともないだろうし、今のところは新型グリップのついた銃もリシャールの指示によって量産はなされていないのだ。
「はい、大丈夫です」
「……聞いておいて何だが、国の許可は必要ないのかな?」
 ウェールズはトリステイン王家と血縁関係にある隣国の王族ではあっても、決してトリステインの人間ではない。後で問題にはならないかと、リシャールに気を使ってくれたのだろう。
「は?
 あ、いえ、あれはうちの商会の持ち物です」
「リシャール殿の!?」
 エルバートは相当に驚いているようだった。ウェールズも片眉を僅かに上げていた。
「はい。
 外聞に憚りがあるので会頭こそ譲りましたが、創業者は私ですし、今も我が家の屋台骨なのです」
「相当に大きいようだが……」
「敷地は大きいですが、本格的に動いているのは製鉄所の方だけですので、そうでもないんですよ。
 お疲れでなければ、先にご案内いたしましょうか?」
「うむ、是非お願いしよう」
 リシャールは小窓を開けてジャン・マルクを呼ぶと、行き先の変更を告げた。

 結局、ウェールズの希望で道すがら目に付いた製鉄所、武器工場、大聖堂、ついでにディディエの鍛冶工房までを順に巡り、城に着く頃には夕方近くになっていた。実際に視察を行っておかないことには、土産話にも困るからねと、片目をつむってみせるウェールズだった。
「なかなかに風情のあるお城だね」
「ありがとうございます」
 先に下りてウェールズを先導し、城館内部へと案内する。
 ホールには、カトレアを中心にヴァレリーと、客人の出迎えとあってメイド服を半ば無理矢理に着せられたアニエスがその脇を固め、後ろにはずらりと二十余名のメイド達が並んでウェールズ一行を出迎えた。
「遠路ようこそいらっしゃいました」
「こちらは妻のカトレアです」
「初めまして、ウェールズ・オブ・ウェセックスです。
 美しい奥方様だ、リシャール君。実に羨ましい限りだ」
「いやまったく、リシャール殿は果報者ですな。
 おお、奥様は身重と伺っておりました、何とぞご無理をなさらず」
 にっこりと客人を出迎えるカトレアに嘆息を漏らす客人らに、少しばかり鼻が高くなる。
「食事の用意が調うまで、しばしおくつろぎ下さいませ」
 見学が長引いてお茶の時間を取るにも中途半端だったので、ウェールズの一行にはとりあえず一旦は休んで貰うことする。奥の間や控え室以外は自由に行き来していただいて構わないと付け加えて、ウェールズらは従者と共に二階の客間に、護衛の騎士達は一階の客間と、それぞれの部屋へとメイドたちに案内させた。
 客人が消えると、取り繕っている余裕もないのか、ヴァレリーが早々にメイド陣を解散させる。後にはカトレアとアニエス、それにリシャールがぽつんと残された。
「前もって、リシャール様よりアルビオンの皇太子殿下とお伺いしていましたが……気さくな雰囲気の方でいらっしゃいましたね」
「あらアニエス、我が国のアンリエッタ姫もとてもお優しい方なのよ。
 ウェールズ様は、その御従兄でいらっしゃる方ですもの。少し似ていらっしゃるかしら。
 ……ねえリシャール、主立ったお客様はウェールズ様、エルバート様、船長さんの三人なのよね?
 他の皆様も、貴族の方?」
「他はお付きの騎士の方々だよ。
 ……もしかすると名のある家のご子息も混じっているかも知れないけれど、貴族のお客様として遇する分には過剰に気を使うこともないかな」
「わかったわ。
 冷やしたワインを持って、お部屋にお伺いすることにしましょう。
 アニエス、お手伝いをお願いね?」
「はい、カトレア様」
 部屋を訪ねてワインを注いで回るぐらいならば、身重の体にも重労働にはならないかと、カトレアの思いつきを許可する。この程度ならば、ヴァレリーも上手く取りはからってくれるだろう。
 何やら楽しそうなカトレアを見送ったリシャールは、では自分もとっておきの料理を用意するかと、醤油の入ったワイン瓶とともに厨房へと籠もることにした。

 ウェールズらは夕陽の見えるうちに風呂を堪能した後、食堂で出される料理に舌鼓を打っていた。
「これはまた、とても香ばしく食欲をそそる匂いですな。
 このような香りは私も初めてです」
「ほう、食通を自他共に認めるエルバートでさえ知らぬ香りか。
 リシャール君、これは何なんだい?」
 食卓には、醤油を主体にしたソースのかかった白身魚の焼き物と、付け合わせの香味野菜が並んでいた。魚の方は照り焼きに近いが、調理に甘味は使わず、醤油を蒸留酒で薄めて塗ってある。
「この香りはソース・ドゥ・ソージャと申します調味料の香りで、トリステインの西部で細々と作られているものです。
 たまたま立ち寄った村でワインとともに買い込んだものなので、私も詳細までは存じませんが、村の名物だと聞きました」
 部屋こそ別室としたが、騎士や従者にもウェールズらと変わらぬ食事が振る舞われているはずだ。今頃は海岸に作らせた宴会場の方でも、酒と料理が振る舞われて大騒ぎになっていることだろう。
「ほう、外は茶色で一見赤身の魚に見えるが、中は白いままなのだね」
「はい、串に刺して炙ってありますので、ソースが染み込む前に表面で焼けて魚を包み込みます。
 おかげでそのまま焼くよりも、柔らかく仕上がります」
 本当は、その他にも気遣う点が多くあるし、魚が柔らかく仕上がるのは酒精分の影響も大きいのだが、リシャールは大まかに端折った説明を加えた。
「ふむ、国許に帰ったら、料理人をセルフィーユに遣わそうかな」
 半ば以上に本気の顔で、ウェールズは思案して見せた。エルバートも大きく頷いている。
「では、紹介状をお持ちの方がこちらにいらした折には、歓迎するように取りはからっておきましょう」
「よろしく頼むよ」
「はい、殿下」
「あなた、あの……」
 何やら心配そうなカトレアに、頷いてみせる。
「ああ、ごめん、カトレア。
 お二人は、僕が料理をしていることをご存じなんだ」
「あら、そうでしたの?」
「仕事上、どうしても必要があってね。
 ……そういうわけでブレイスフォード艦長も、ご内密に願いますね」
「心得ました」
 料理に満足していたのか、ブレイスフォードは笑顔で杯を掲げ、リシャールら誓って見せた。ブレイスフォードだけは蒸留酒を希望したので、彼の給仕を担当するメイドの手元には、ワインではなくエルランジェ産の香味酒の酒瓶が用意されている。
「屋敷の者はともかくも、領民にさえ話すわけにはいきませんのでね。
 実際は知られている……とは思いますが、公然の秘密と言うことでお含み下さい」
「道理ですな」
 リシャールもブレイスフォードにあわせて、小さく肩をすくめて見せた。
「艦長も当番兵を残していくかい?」
「本気で考えそうになりますな」
「さもあろう」
 笑顔でウェールズが頷く。
 会食の方は概ね無事に済みそうで、リシャールもほっと胸をなで下ろした。

 翌日は出航直前を待って、アルビオン側、セルフィーユ側を問わず水のメイジを投入し、生け簀の鮮魚のうち、上等のものから氷漬けにしていった。これがそのままアルビオンへの土産となるのである。
 出来上がった魚入りの氷は、麦藁を詰めた木箱や空き樽に入れられて、順にアンフィオン号へと運ばれていく。
 リシャールは魚の輸送に付き物である発泡スチロールを、出し惜しみしていた。
 魔法の産物とは言えど、工業化学製品を無闇に広めていいものかと迷ったこともあるが、それ以上に、世間に広く流布して自分だけの優位を崩されることを嫌ったことが大きい。伝家の宝刀でもあるが、あれは正直言って便利すぎるのだ。
 更には加工場の方で作られた油漬けや干物の類も届けられていたから、桟橋の下は兵士や荷馬車でごったがえしている。
 リシャールは、ウェールズと共に談笑しながら、それらの作業を見守っていた。
「しかしリシャール君、こちらもお土産とさせて貰っていいのかい?」
「はい。お試しということで、魚と一緒にお持ち帰り下さい」
 ウェールズの前に置かれた木箱には、セルフィーユ製の短銃とマスケット銃がそれぞれ十丁づつと、それに加えて『亜人斬り』が並んでいる。
 試供品にしては大盤振る舞いだが、相手はハルケギニアでも屈指の大国であった。これでも少ないかとリシャールが躊躇ったほどである。
「実際に使っていただければ、良さが判っていただけると自負しております」
「ふむ、その自信のほどに期待させて貰おうかな。
 これらはありがたく頂戴しておこう」
 あわよくばこれをきっかけとして、大口の注文を取っておきたいとリシャールは考えていた。
 アルビオンでもこれらセルフィーユ製の銃を模倣して、新型の発火機構を備えた銃を作ることは、十分に可能だとリシャールは見ている。但し、数年内に同価格帯で製造することは、決して不可能だとも考えていた。それが故の大盤振る舞いであり、無償での提供としているのである。
 歩留まりは低くとも、手作業とは比べものにならないほど高効率な圧力機による部品の製造と、高品質な刃鋼を用いた銃身を同時に備えたこれらセルフィーユ製銃の最大の強みは、その製造価格なのだ。しかも今後は、職人の慣れや部品の歩留まりの向上が見込めるから、更に下がる予定である。
 大々的に売り出しているわけではないが、王都で卸した時の武器商人の反応は上々であったから、フロランらも自信を深めていた。
「そうだ、話は変わるが、リシャール君も一度アルビオンまで遊びに来てくれたまえ。
 両手を上げて歓迎しよう」
「はい、是非とも。
 子供が産まれてからになりますが、家族揃って旅行に行かせていただきたいと思います」
「ああ、そうだったね。
 楽しみだろう?」
「はい、もちろんでございます」
 にこやかに笑うウェールズに、リシャールも同じ様な笑顔を返す。
 出航準備が整ったことをエルバートとブレイスフォードが知らせに来るまで、ウェールズとの談笑は続けられた。






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