ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第六十五話「奔走」




 大夜会の翌日、リシャールはガリア王家歓迎の式典に出席した後、午後からは忙しく動き回っていた。
 アルビオンのソールズベリー伯やエルバートらと交渉して歓待の根回しや準備は既に済ませていたのだが、途中で調理場の規模が足りないと気付いてラ・ヴァリエールお抱えのメイジらにも協力して貰い、アルビオン宿営地の隅を借りてパン焼き竈や調理台などを設置していく。
 デルマー商会差し回しの荷馬車が到着してからは、更に忙しくなった。夕食に間に合うよう、全ての用意を調えなくてはならない。
 既にパン生地だけは出来上がっている。先ほど帰っていったが、ラ・ヴァリエールの料理人達にも助力を乞うたのだ。
「難しいことはしませんが、刃物を使う人や竈を扱う人は怪我に注意すること。
 それに、大まかでよいので全体の流れを把握して、流れ作業に支障が出ないように働き手は融通しあって下さい。
 それでは見本を見せますが、各人、自分の担当部分で判らないことがあれば、後で聞きに来て下さいね」
 リシャールの目の前には、ヴァレリーを初め、セルフィーユから連れてきたメイド、従者、護衛の兵士、更にはラ・ヴァリエールから借りたメイドと従者、合わせて二十人近くが並んでいる。彼らはリシャールを隊長とした臨時のお料理部隊なのだ。
 リシャールは蒸留酒で濡らした晒し布で手を拭い、調理台に打ち粉をしてから握り拳大のパン生地を一塊り置いた。それを錬金で作った石の棒で伸ばしていく。
「まず、パンは薄パンを作ります。
 膨らんで薄茶色く色が付いたら出来上がりですが、火力が強いと百も数えないうちに焼きすぎになります。
 最初は早めに取り出して、味見をしながら出来上がりを確かめて下さい」
 竈に伸ばしたパンを入れ、待つことしばし。
「このぐらいの色で丁度良いはずです。
 もしも生焼けなら、もう一度竈に戻して下さいね」
 朝のうちに調理場を借りて大体のところは試してあったので、大きな失敗はしない。
 続いて油漬けの壷を取りだし、なんとか間に合いますようにと半ば祈りつつ、リシャールは作業を教え込んでいった。

 リシャールが用意したのは、薄パンに、晒した玉葱と油漬けをのせた物と、塩油漬けのソースで絡めた炒め野菜をのせた物の二種類だった。どちらもそのまま折り畳んで食べられる。ついでに煮干しも焼いて、カゴに山盛りにしておいた。ワインなども振る舞われているが、こちらはラ・ヴァリエールに用意して貰ったものだ。
 饗応というには少々貧相な見栄えだったが、味の方はリシャールだけでなく、試食したラ・ヴァリエールの料理長さえも合格点を出していた。
 当然ながら、今目の前で食しているアルビオン兵士らの表情も非常に明るい様子である。先に食べた者の口から噂が広まったのか、あっと言う間に列が出来てリシャールらを驚かせ、また喜ばせていた。
 ヴァランタンには良い評判を国許へと持ち帰って貰うためだと言ったが、手法としてはデパートやスーパーマーケットの試食品コーナーと商品の関係そのままである。馴染みのないものでも、試食してそれが美味であれば売れ行きや噂は上を向く。
 自分の財布に直接影響しないのが少しだけ残念ではあったが、公爵より命ぜられた『課題』を考えれば、リシャールとしては十分な成果といえた。
「それでは、こちらは任せます」
「はい、リシャール様」
 リシャールはヴァレリーに臨時の調理場を任せると、公爵家宿営地に戻る準備を始めた。ソールズベリー伯をはじめ先遣団の主要人物を招待し、イワシを食べて貰うのだ。さすがに挟み物を出してどうぞと言うわけにも行かず、いつぞや祖父らに振る舞ったように、きちんとした料理にして食卓に出すのである。
「やあ、リシャール殿」
 戻ろうとしたリシャールを目ざとく見つけたのか、エルバートが出入り口で声を掛けてきた。
 先遣団副団長の彼にだけはリシャール自らも調理をすることを伝え、内密にして欲しいと頼んであった。流石に外聞もあるので、表向きはラ・ヴァリエール家お抱えの料理人が調理すると言うことになっていたが、それでも彼に話すことになったのは、交渉中に料理の内容を詳しく話しすぎて突っ込まれたせいである。
「さきほど部下が、大変に美味だったと申しておりましたよ」
「何よりのお言葉、ありがとうございます」
「私ももちろん楽しみにしております」
「はい、がんばります。では、後ほど」
 どうにも『課題』が頭にちらついて型通りのやりとりになってしまうなあと内心で反省しつつも、エルバートに見送られてラ・ヴァリエールの宿営地に戻り厨房に向かった。一度作っているので簡単、とまでは言わなかったが、公爵一家に先遣団のアルビオン貴族たち、そして自分までを含めると十数人分にもなるので大変だ。
「お待ちしておりました、リシャール様」
 料理長とはカトレアの治療の際にも深い交流があったので、今更厨房に入ってもとやかく言われたりすることはない。お互いに料理についての情報をやり取りする程度には懇意にしていた。実は焼き時間が短くて済む薄パンも、料理長から教わったものである。
「下準備の方はほぼ整っております」
「助かります。
 ああ、薄パンの挟みものの方は、かなり好評でしたよ」
「実は先ほど、こちらの方でも使用人向けの軽食に同じものを出しまして、珍しくジェローム様さえもが、素早く食べられて美味しいと仰っていました」
 軽い笑顔で頷いてみせる料理長に同様の笑顔を返すと、リシャールも腕まくりをした。料理長にも本日の晩餐に出される料理のレシピ全てを伝えたわけではないので、時間がおしているのだ。

 晩餐に供される料理のうちでリシャールが関わっていたのは、油漬けが添えられた前菜のサラダと、塩油漬けを主にしたソースを使った魚料理、それに食後に出された、エルランジェ産の桃りんごの香味酒をたっぷりきかせた冷製のデザートである。
 客人からは、珍しい味で大層美味であったとの感想を得て、リシャールは大いに面目を施した。兵士達の反応からも予想していたが、アルビオンにはまだ油漬けは出回っていないらしい。
 同じテーブルに着いていた公爵らの反応を見ると、味が顔に出るはずのルイズさえもが満足げな様子であったから、晩餐としても問題になるような点はなかったらしいとリシャールも一息をついた。
 アルビオン側の反応はお世辞ではなかったようで、更にはもう一品、ソールズベリー伯爵らのたっての希望で、兵士達が食べていたものとおなじ薄パンの挟みものが酒肴として出されたほどである。
「公爵閣下、実に堪能させていただきましたぞ。
 先遣団長の役得ここに極まれり、でありました」
「ソールズベリー伯爵、今だから申すが……今日の晩餐はそこなリシャールに差配の一切を任せておったのだ。
 こ奴、この歳にしては切れ者でな」
「ほう、それはそれは。
 よい婿殿をお迎えになられましたな」
「リシャール殿、期待通り実に美味いですぞ。
 この挟みものも兵士に混じって列に並ぼうかと、かなり悩んで結局諦めざるを得なかったもので……」
「あの、伯爵様もエルバート殿も……それほどお気に入りいただけるとは。
 でも、本当に嬉しく思います。ありがとうございます」
 酒も手伝ってか客人らは饒舌になり、リシャールは口々に褒められた。公爵もまんざらではなさそうである。週明け、アルビオン王家一行の到着後には再び忙しくなる予定であったから、今日のことはよい予行になった。
「アルビオンには、ご存じの通り海がありませんのでな。
 こうして陸地に降りる機会には我らも争って海の幸を堪能するのですが、実は園遊会がラグドリアン湖と聞いて、少々落胆しておったのですよ。
 ここは内陸部ですからな」
「ふむ、ブレッティンガム男爵は特に楽しみにしておったな。
 無事に食せてさぞや満足……いや満腹であろう?」
「や、伯爵、これは痛いところを……」
「いや、わしも楽しみではあったがの」
 はっはっはとソールズベリー伯爵は、エルバートの肩を叩いた。

 明けて翌日、リシャールはエレオノールに呼ばれ、早朝から部屋で例の眼鏡の調整を行っていた。今日予定されている舞踏会では、彼女も当然ダンスを踊ることになる。明瞭な視界は必須なのよと、押し切られたのだ。
 ちなみに朝にはゲルマニア皇帝の直卒する親善艦隊もラグドリアン湖畔に到着していたのだが、ラ・ヴァリエール家とその関係者は『公務』が忙しくて参加出来なかった。何とも便利な『公務』もあったものである。
「左側の真ん中少し下、照り返しが目障りだわ」
「はい」
 特に今回は申し込みが大量に殺到しているため、本来ならば美しく踊れるのにダンスが下手だなどと断じられ、それを理由に振られては困る……と言うことらしい。すでに彼女は本来の調子に戻っていたが、夜会での不安そうな姿を間近で見ているだけに、仕方がない、一肌脱ぐかという気分にさせられる。
 ただ、彼女が視界にこだわった最大の理由は言い寄ってきた男の顔を見定めるためだったのだが、リシャールがそれに気付くことはなかった。
「右下のところ、さっきよりぼやけたわよ」
「あ、はい」
 この繰り返しである。
 あのたおやかで優しげな彼女は何処へ行ったのだろうかと、内心でため息をつく。
 しかし本日催されるのは舞踏会であり、確かに夜会と違ってリシャールがずっと側に付いているわけにも行かないのだ。また、義姉の未来もかかっているし、公爵夫妻らの期待も大きい。手を抜くわけには行かなかった。
 それでもなんとか午前中のうちにエレオノールの相手を済ませたリシャールは、今度は公爵たっての頼みで使者に出された。

 向かった先は様々だった。
 もちろん、家臣が手紙などを届けても失礼に当たるというわけではなく、大きな家では専業の従者がいるほどでむしろそれが普通なのであるが、相手に対してこの件は重要視してるのだぞと示すのに、義理の息子である上に若いながらも爵位を持つリシャールはうってつけなのだ。
 だが、時折そのような使者役を仰せつかるエレオノールは、今日に限ってはこの役目から外されていた。
 リシャールが持たされていた手紙は、エレオノール宛に届いた恋文の山の中で、現時点で知り得た家格や年齢、本人の評判などから公爵夫妻らが有力候補と見据えた相手への礼状であるからだ。
 もちろんラ・ヴァリエールの家臣達もリシャールと同じように手紙を持たされて方々へ駆け回っていたが、相手には申し訳ないながらも、彼らは『ハズレ』と書いた紙を届けまわっているようなものであった。

 リシャールは公爵家の馬車に揺られ、役目をこなしていった。
 一人目の相手、三十四歳になるトリステイン西部の大領主モンテクレール侯爵家の嫡男は、大きくたるんだ腹を揺らしてリシャールの訪問を歓迎してくれた。
「おお、愛しい人からの返事を持ってきてくれたのかね!
 今夜の舞踏会は楽しみにしていると、是非伝えてくれたまえ」
「承りました、公子様」
 気さくな人柄で親しみも持てたが、流石にこの腹はエレオノールが嫌がるかなと思わないでもなかった。

 二人目の届け先は、軍人貴族ペタン伯爵家の長男であった。
「こうも早く返事がくるとは……やはり見立て通り、エレオノールお嬢様はお相手を私に決められたらしいな」
 彼はエレオノールから愛を向けられていると自信があるようだが、周囲がよく見えていないようだった。

 三人目はド・マリニャック。彼は法衣貴族であるソーニエール伯爵の甥子だが、伯爵は独身で子が居らず、次期爵位継承者として嫡男に等しい扱いを受けているそうだ。
「子爵殿、使い立てするようで申し訳ないが彼女に会えなかったこの二日の間に彼女の美しさを讃える詩がこんなに書けてしまって僕もどうしようかとほとほと悩んでいたんだが丁度良いところに子爵殿が現れてしかも彼女の返事届けてくれるとはこれはまこと始祖のお導きと言うしかないとは思うしおそらくその通りだと確信するがそのお導きは彼女の元にもきっと届くはずでこれはもう彼女の元へ僕の愛と共にこの詩篇を持ち帰ってもらうしかないと思うのでどうかこの素晴らしき愛の詩を受け取って彼女に届けて欲しい」
「は、はあ……」
 リシャールは勢いに負けて仕方なく紙束の山を受け取り、御者にも手伝って貰って馬車に積んだ。

 四人目のアルトワにも近いトリステイン南東部の諸侯ロレーヌ侯爵家の次男は、前三者に比べれば随分とましだった。
「時に訪ねるが、子爵よ」
「はい」
「エレオノール嬢は、今夜も君が手にとって登場するのかね?
 是非とも私に譲りたまえ。
 それとそうだ、彼女の部屋の場所も教えろ。
 なに、私はいずれ君の義兄になるのだから、ここは私の言うとおりにするのだ。
 君にも悪いようにはせん」
「……」
 ましなのは見かけだけだった。彼を義兄に持つ未来は、多分明るくない。

 最後の一人、五人目のバーガンディ伯爵家の当主だけは、使者であるリシャールにも茶杯を勧めてくれた。
「最近は領地の方が忙しくてね、あまり社交界にも顔を出していなかったんだ。
 エレオノール嬢の普段の様子などを教えてくれないかね?
 情けないことに一目惚れなのでね……」
 リシャールは内容に気を使いながらも、妹思いの優しい姉であることや、アカデミーに籍を置く才媛であることなどを彼に話した。

 お役目を終えて戻ってきたリシャールは、公爵夫妻に報告をしてエレオノール宛の紙束を従者に任せると、与えられた部屋で休憩することに決めた。無駄に緊張していたのか、疲れがどっと押し寄せてきたのだ。幸いにして急ぎの用事は片づいていたから、夜会まではこのような時間が持てる。
 使い走りの自分が口を出すのは何だが、もう少しましな候補者は揃わなかったのだろうか。
 その時は気づくこともなく使者の役目を終えたが、思い返せば赴いた先でエレオノール本人のことを聞いてきたのは、バーガンディ伯爵ただ一人だけだったのだ。彼と、少し落ちるがモンテクレール侯爵家の嫡男以外は、リシャールの目には酷く評価の低い人物として記憶された。
 今夜の舞踏会では、当のエレオノールが自ら品定めを行うはずである。どうかリシャールにとっての『ハズレ』を選んだりすることのないようにと願うしかなかった。
 さて、その大舞踏会なのであるが……リシャールは気恥ずかしさもあってか、ダンスが非常に苦手だった。
「何とか会場から逃げ出す口実を考えないとなあ」
「リシャール様にも苦手があるのですね」
「んー……」
 ヴァレリーに相談してはみたものの、よい解決策は思い浮かばない。
 舞踏会での作法やダンスなどは、アルトワ時代に多少はクロードや妹姫らの練習につきあってはいたものの、そう身を入れていたわけではなかった。どちらかと言えば、それらに付随する衣装の準備など、従者として舞踏会に絡んで必要とされる役割を学ぶことに重点を置いていた。当時は自らが会場に足を運んで踊るなど想定外であり、この園遊会の準備中にも深層の苦手意識が邪魔をしたのか、そのあたりは失念していた。
「初回だから欠席するわけにはいかないけど、目だたないようにするしか……うーん」
「なるべく公爵様らのお側においでになって、それでもお誘いがあった場合には、カトレア様のお名前をお出しになるのが一番かと」
「それが一番角が立ちにくそうですね」
 あとは、休憩と称して散歩に出るぐらいだろうか。
 カトレアが同行するのであれば、リシャールも下手は下手なりにダンスを楽しもうとしたかもしれないが、それはまた次回の楽しみとすることにした。

 舞踏会の準備に戻るヴァレリーを送り出したリシャールは、少しだけだからと昼寝を決め込んだ。彼女には悪いなと思いつつも、朝からの錬金と午後からの使者で、精神的に疲れていたのだ。しかし目覚めた頃には太陽も傾き、自身も準備をせねばならない時間となっていた。
 園遊会に持ち込んでいる衣装の中でも、今夜着ていくのはヴァレリーの見立てた、いつもより少し派手な感じのする夜会着である。普段の正装でさえ派手だなと思っているリシャールのこと、それに輪をかけて裾も長く襟飾りも多いこの服は、前世で見た芸能人の舞台衣装のようで、ひらひらとしていてどうにも落ち着かない。
「これでもリシャール様のご意見を尊重して、なるべく地味目な衣装をお選びしたのですよ?」
「ええ、それはもう……」
 昔、アルトワ時代に見たクロードの夜会着などは、もっと襟飾りのフリルも多かった気がする。女性の着る衣装が華やかな分にはリシャールも目の保養にもなってよいのだが、男性用の夜会着も、それに合わせて見劣りしないようにと針子が腕を振るうのだ。価格もそれなりで、いま身につけている飾りの比較的少ない衣装でも、カトレアに贈ったドレスの四半分ほどにはなっていた。
 鏡に映る自分を見ると、それでも学芸会や文化祭と言った単語が頭をよぎる。多少は流行廃りもあるらしいが、王城の控えの間に飾られている歴代王族の肖像画に見られるような、ちょうちんブルマにタイツが主流でないだけましかと思わざるを得ない。腰の下が大きく膨らんだような下履きもあるにはあるが、一部の騎士服や軍服などに名残が見られる程度だった。色はカラフルだが、そちらは彼の知る昔の不良学生が好んでいたボンタンのようで、変な笑いが出そうになる。
「さ、これで大丈夫ですわ。
 しゃんとなさって下さいましね?」
 着付けや仕上げなどは、リシャール自身よりもヴァレリーの方が手慣れていた。従者としては二年ほど経験を積んでいてそれなりに自信もあったが、到底及ばないようだ。
「はい。
 ……ありがとう、行ってきます」
 袖のしわや襟の立ち具合を確かめ、ヴァレリーは一つ頷いてからリシャールを送り出した。
 階下に降りるとまだ公爵らの姿はなく、ホール番のメイドから、今夜ここから会場へと向かう馬車に乗っていくのは、公爵夫妻とルイズだけだと聞かされた。
 昼寝をしていた間に幾らかのやりとりがあったらしく、エレオノールはロレーヌ侯爵家の馬車で会場入りするそうだ。見かけだけましな侯爵家の次男を思い浮かべ、つき出そうになるため息をぐっと押さえ込む。
 ほどなく現れた公爵に命じられ、代わりにリシャールはルイズの手を取って入場することになったが、こちらはこちらで一つ疑問が思い浮かんだ。
「しかし、よろしいのですか?
 ワルド子爵殿の手前、失礼に当たらないかと……」
「彼は会場の警邏の方が忙しいらしくてな、夜会や舞踏会へは出られぬそうだ。
 ……責任の重さを考えれば無理強いも出来ぬ」
「ある意味、魔法衛士隊にとっても晴れ舞台のようなもの。
 無事に職務を全うしてもらいたいものです」
 なるほど、各国の貴顕が集う大園遊会だ。魔法衛士隊の隊長ともなれば裏の裏まで細心の注意が必要で、任務の前には婚約者云々などという個人的な事情は汲めないのだろう。
「ワルド様にはわたしもお会いしてないのよ。
 本当にお忙しいみたいなの」
 仮の婚約者とは言え、ワルド子爵は普段から激務に追われているようで、ルイズは数年来、彼と会っていないのだそうだ。
 リシャールは残念そうなルイズに相槌をうち、エスコートを引き受けることを了承した。

 先日の大夜会も大きな規模だったが、加えてガリアとゲルマニアから到着した客人が増えたこともあり、広く取られているはずの舞踏会場がそれなりに埋まるほどの人々がそこにはいた。
 会場入りはしたものの、公爵夫妻は既に外国からの客人らと談笑しており、近付ける様子ではない。
「仕方ないわね。
 わたし、先に姫様のところに行くわ。
 リシャールは?」
「そうだなあ、僕も一緒にご挨拶させて貰おうか。
 ダンスの方はどっちでもいいかな」
「どうして? 舞踏会よ?」
「苦手だし、カトレアがいないからね」
「……リシャール、こういう時は『ごちそうさま』って言えばいいのかしら?」
 あきれ顔を向けてきたルイズに、リシャールは軽く肩をすくめて見せた。
「ところで……エレオノール様は大丈夫かなあ。
 夜会ではずっと不安そうにされてたから、少し心配だよ」
「迎えの馬車が来る前は、いつものエレオノール姉様だったわよ。
 ……ものすごく機嫌が良かったわ」
 何か恐ろしいものでも見たかのように、ルイズは体を震わせた。リシャールの腕に添えていた手にも力が入る。
「でも、今度こそきっちりお嫁に行って貰わないと……」
 うつむいたルイズからは、破談になる度に八つ当たりされるのはもうイヤよ、という小さな声が聞こえてきた。
 リシャールも、もちろん応援している。エレオノールの恋愛事情にも、錬金した眼鏡の重さ分ぐらいには役に立てたと思いたい。
 だが、エレオノールの新しいお相手の候補者らと先に顔を合わせていたこともあり、出来れば良い義兄を引き当ててほしいなという、自己保身に近い願望が多分に混じっていることも否定できなかった。
 あとは始祖ブリミルの御心次第かなと、暗い表情になったルイズをなだめつつ、リシャールは会場の中央へと歩を進めた。






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