ゼロの使い魔 ハルケギニア南船北竜
第十五話「セルジュの娘(後)」「こんにちわ、大変お待たせしましたリシャールさん」 「マルグリットさん、大歓迎です。 とりあえず宿舎の方へどうぞ」 一週間ほど経って、リシャール待望のマルグリットがやってきた。荷馬車を仕立てて便乗して来たのか、馬車の荷台には家具や衣装箱が積まれている。 御者にも手伝って貰いながら、リシャールもレビテーションをかけて重い荷物を運んでいく。 「えっ、きゃ!?」 宿舎の方へと案内しようとすると、マルグリットがあとじさった。竜舎からアーシャがぬーっと顔を出していたのだ。 リシャールは、そういえば、奥さん方も最初は驚いてたなあと思い出していた。確かに、普段見慣れていないとかなり恐いものだった。 「ん? ああ、僕の使い魔のアーシャです。 アーシャ、こちらは今日から一緒に働いてくれるマルグリットさんだよ」 「きゅー」 「大人しいよい子なので、大丈夫ですよ」 「は、はぁ……」 ほんとに大丈夫なんだけどなあ、とは思いながらもマルグリットを宥めて宿舎の方に案内した。 その日は奥さん方にマルグリットを紹介し、あとは荷物の片づけなどをして貰うことにして自由に過ごして貰うことにする。リシャールは、その日もアーシャに乗ってラ・ロシェールまで出向いたが、地味ながらも歓迎会と言うことで、奮発してワインや肉などを買い込んできた。 「料理、お上手なんですね」 「まあ、慣れちゃいました。 そんなに上手でもないですが、最近は機会が多くなりましたので」 テーブルには油漬けを使ったサラダやアンチョビもどきのソースがかかったステーキなど、数種類の料理が並べられていた。実はまともな食器もグラスもないことに気付いたリシャールが先ほど大慌てで錬金したのは、マルグリットには話せないことである。グラスの素材であるガラスはともかく、食器の方の上薬っぽい物の錬金には少々手間取ったが、壷を作るときの応用で強引に錬金した。皿もグラスも歪んだりはしていないが、速度重視につきシンプルすぎるデザインであった。 「では、乾杯」 「乾杯。 いただきます、リシャールさん」 料理の方はマルグリットも気に入ってくれたようで、なによりだった。食べてもらいながら、これらがラ・クラルテ商会の主軸であることや、詳しい仕事の内容についてを話す。 「そうだ、二、三日に一回馬車も来ますから、えり好みは出来ませんけどトリスタニアから品物の取り寄せも出来ないことはないです」 「それは便利ですね。 ……お店は出されないんですか?」 「店を出して商売も出来るんですが、どう考えても手間と赤字を増やすだけなんで今は出来ません。 北モレーの村と、いつ通るかわからない数少ない旅人のために人を一人余計に雇うとなると、流石にちょっときついです」 「うーん、勿体ない気がしますけど、仕方ないですよね」 マルグリットは店そのものにある種の憧れを抱いていたようで、ちょっと残念そうだった。 「はい。 それに今のところは行商人に毛が生えたようなものですからね、まだまだですよ」 ともかくも今食べているイワシ、これがラ・クラルテ商会のすべてなのだ。 翌日からはマルグリットに仕事を教えながら、いつものように壷に鍛冶にと仕事に追われながら過ごしていった。 マルグリットは、頭の回転が速かった。流石はセルジュの血を引くだけのことはあるとリシャールも納得した。計数の絡む書類仕事が異常に速いのである。 聞いてみると、何れはセルジュが自分の店で働かせるつもりで色々と仕込んでいたらしい。それが正妻であるセルジュの妻に発覚して、横槍が入ったというのだ。妾であるマルグリットの母の方は、セルジュの商会で働くなどということはなく普通に妾として過ごしていたので、奥方も目を瞑っていたらしいが、その娘に直接店に入り込まれるというのは我慢ならないと逆鱗に触れた、というわけだった。 セルジュもなんと勿体ないこととは思っただろうが、リシャールにとっては本当に行幸だった。 マルグリットが来て二週間ほどが経過した頃、月をまたいだのでギーヴァルシュの街に出向き、ギルドへの上納金と領税を納めてきた。これでようやく、祖父とギーヴァルシュ侯爵に顔向けできたリシャールだった。城館ではついでに地代も納めておく。税は翌月末までに納入の決まりだが、早い分には文句は出てこない。 ギルドへの上納金五十エキューと、マルグリットが計算してくれた商税五十五エキュー四十スゥをかき集めるために、三日分ほど壷を作り貯めてから運転資金も含めた片手剣三本を作りあげる事に専念し、更にまた壷を作り貯めて王都までの往復の時間を捻出した。荷馬車に言付けて、シモンに頼めば笑って現金で決済してくれただろうが、そちらにはあまり手を着けたくなかったのだ。ちなみに領税については、アルトワのギルドに入っている預託金から引き落とせるように話がつけてあった。 王都に顔を出したついでに、デルマー商会と魅惑の妖精亭にも寄って聞いてみたが、評判は上々のようである。塩油漬けの方も楽しみだわと、スカロンに熱い抱擁を貰った。 シモンにはラ・クラルテ商会への支払い分はギルドにそのまま納めて貰って、ラ・クラルテ商会の預託金として貰うように頼んであった。現在ギルドに預けられている金額は二百七十七エキューで、この内の二割が領税としてアルトワ伯へと納められる。 平行して錬金鍛冶師として稼いだ金額も結構な額に達しているのだが、こちらは年に一度、三割が税として納められる。期末はまだ先だが、錬金鍛冶師としての売り上げを商会の運転資金に回しているので、その分を別枠で確保しておきたいのだ。 ちなみに鍛冶屋の方が税が安くなっているが、職によって税制が異なるためであった。商人の方が力を持ちやすいので圧迫してあるんだろうなあとは、元現代人としての感想である。 それから数日、いよいよアンチョビもどきこと本命である塩油漬けの出荷が開始された。初期の分は漁村から買い集めた塩漬けをベースにしているものも混じっているが、暫くすれば純然たるラ・クラルテ製の塩油漬けになる。もっとも、元の塩漬けを漬けていたのも働き手の奥様方なので、質としては何ら変わることはなかった。これも数を確保したいところであったが、現状は手一杯であった。 それでもこちらが安定しさえすれば、本格的にもう一カ所加工場を作りたいところである。加工場から三十分ほど北に歩いた所にも北モレーと同じ様な漁村があり、リシャールはこちらにも同じ様な加工場が作れないものかと思っていた。 ところで。 忙しいのは忙しいのだが、雨が降るとすべての商品に天日干しが絡んでいるし漁師も海には出ないので、加工場は休みになる。急に暇が出来たりするのだ。 そのような日にはマルグリットにも休んでもらい、リシャールは壷を作り貯めるか鍛冶仕事に精を出した。マルグリットも休むとはいいつつも、なにやら書類と格闘していることも多い。 錬金鍛冶の方も、雨の日には大物を作ったり出来る。片手剣などを作ろうとすると、やはり丸一日は費やされてしまうのだ。 最近はナイフや剣だけでなく、包丁や鎌などの日用品にも手を出していた。作成時間が短くて済むので、中途半端に空いた時間を有効に使えるのだ。壷ももちろん大事だが、こちらはこちらで大事な運転資金になるので疎かには出来なかった。 「マルグリットさん、休憩にしませんか?」 「はい、少し疲れました」 マルグリットは手を止めて、リシャールの方に向き直った。月末に必要となる書類の準備をしていたらしい。 「あの、今日はお休みですから自由にしていただいていいんですよ?」 「ええ、でも明日楽になりますから」 「たしかにそうですね。 でも無理はしないで下さいね」 「はい、リシャールさん」 「……そうそう、マルグリットさん」 「はい?」 「もう一カ所、この近所に加工場を開きたいと思うんです」 リシャールは、商品の流通量を増やして欲しいとシモンからお願いされていた。もちろん、リシャールも増やしたいとは思っている。少しならば北モレーで雇う人数を増やせば解決するのだが、早晩限界が来ると思われた。 「急には無理ですが、その心づもりをしておいて欲しいんですよ。 最終的には……可能ならですが、このギーヴァルシュにある漁村すべてとギーヴァルシュの街に加工場を置きたいところです」 「なるほど、リシャールさんの考えはわかりました。 ……いっそ、先にギーヴァルシュの街近くに加工場の土地を確保して、規模を徐々に増やしていく方がよくありませんか? あ、少しお待ち下さいね」 マルグリットに頼まれてリシャールが作った書類棚から、彼女は数枚の紙を探し出してリシャールに見せた。 「これが先月の、こちらが今月の収支です。 塩油漬けが出荷されていなかった先月でさえ、アーシャちゃんの食餌代を含めても若干の黒字になっていますわ。 もちろん、リシャールさんの作られた剣や包丁の代金は計算に入れておりません」 マルグリットも毎日会うので見慣れたのか、アーシャのことをちゃん付けで呼んで、鼻面を撫でられる位にはなっていた。ちなみにアーシャは会頭専用の足ということで、食餌の代金は商会の会計から出されることになっている。 「作業や経費は全く変わっていませんから、今月は概算ですが五十エキュー程度の黒字になります。 そしてリシャールさんの強みは土のメイジであることですから、土地を確保してしまえば建物の代金はかなり安く押さえられます」 マルグリットの良いところは、土メイジやアーシャといったリシャールの強みなども計算して利用しようとしてくれるところである。歯に絹着せぬというか、セルジュの若い頃もこういった感じだったのかなと想像してみる。 「そういうわけで、地代と当初の資金さえ確保してしまえば後は勝手に回っていきますわ。 問題は、要になる加工場をまかせられる人の雇用ですが……」 「ですねえ……。 やはり人が足りないです。 うーん、マルグリットさんが自由に動けるようになると僕の自由度もかなり跳ね上がるので、加工場の方からは早々にマルグリットさんも外してしまいたいぐらいなんですよ。 そうすれば、別の商売にも手が出しやすくなると思うんですよね」 任せられる人材がいないのである。そもそも規模の拡大が早すぎて、普通なら店主一人の小さな店か行商から始めて下働きを雇い、基幹の人材を育成云々、というのが一般的なのだが、ラ・クラルテ商会はそれらを段階を完全にすっとばしていた。マルグリットがいてくれるだけでも、リシャールは十分恵まれているのだ。 「まあ、焦らずに行きましょうか。 人手については……そうですね、アルトワのギルドにも募集をお願いしておきましょう。 実際に雇うかどうかはその人を見てからと言うことで」 「そうですわね。 失礼ながら、会頭は十二歳の少年で、たった一人しかいない店番は若い女。 アルトワやリシャールさんのことを知らないのであれば、子供の遊びかと正気を疑うと思いますわ。 私だって、リシャールさんのことを前から噂に聞いていたからこそ、父の話に乗ったのですから。 ……ラ・クラルテの天才児の名は、リシャールさんの想像以上にアルトワでは知られているのですよ?」 「そう言われても、あんまり実感ないんですよね……」 「知らぬは本人ばかりなり、ですのね」 「そうかもしれませんね」 いったいどんな尾ひれが付いているのやら、わかったものではないのである。 なんだかなあ、とリシャールはため息をついた。 ←PREV INDEX NEXT→ |